人気低迷の囲碁はオワコン競技? その実態を探る Gemini版①

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コラム
Q、日本棋院は経営難で幹部の50%報酬カット、棋士の給料が25%カットとなり、女流棋戦が削減され、囲碁棋士の中には副業やアルバイトをしていると発言した棋士もいるようですが、経営難は関西棋院でも同様でしょうか。

A、日本棋院が発表した幹部報酬の50%返納や、棋士への固定給(棋士普及手当)の25%削減、一部女流棋戦の終了といった大規模な構造改革は、囲碁界全体に大きな衝撃を与えています。

結論から申し上げますと、関西棋院においても「囲碁人口の減少」や「スポンサー(新聞社)離れ」という根底にある構造的危機は全く同じですが、組織の規模や運営形態の違いにより、現時点で日本棋院のような「一気に給与を数十パーセントカットする」といった極端な劇薬措置までは表面化していません。

しかし、内情は決して楽観できるものではなく、じわじわと厳しい状況に追い込まれているのが現状です。

1. 共通する構造的危機(背景)

関西棋院も日本棋院も、主に以下の2つのビジネスモデルに依存してきたため、市場の縮小によるダメージをダイレクトに受けています。

新聞社依存のビジネスモデルの限界

囲碁の主要棋戦は、新聞社がスポンサー(主催)となり、対局料や賞金を出すことで成り立ってきました。しかし、活字媒体の衰退に伴い、新聞社側の予算削減、あるいは棋戦そのものの縮小・終了が相次いでいます。

競技人口の減少と高齢化

将棋界が藤井聡太八冠の登場やネット配信(ABEMA等)の成功で若年層やライト層のファンを拡大したのに対し、囲碁界はファンの高齢化が止まらず、ファンによる会費収入や指導碁などのイベント収入が落ち込んでいます。

2. 関西棋院独自の状況と日本棋院との違い

関西棋院が日本棋院ほどの「急激な崩壊」を免れている(あるいは表面化を抑えられている)のには、いくつか特有の理由があります。

規模の小ささ(フットワークの軽さ)

日本棋院が東京・名古屋・関西などに拠点を持ち、400名以上のプロ棋士と多数の職員を抱える巨大組織であるのに対し、関西棋院は所属棋士が130名前後、拠点も大阪が中心です。固定費(特に職員の人件費や自社ビルの維持費)の絶対額が小さいため、経営のコントロール自体は日本棋院よりは小回りが利く面があります。

プロ採用枠の厳格化と抑制

日本棋院は長年、成績による自動引退制度がないまま新プロを毎年多く採用し続けた結果、上層部(対局による収入が少ないシニア層)への固定給(手当)支給が膨れ上がり、今回のパンクに繋がりました。関西棋院も採用枠自体は絞ってきており、人件費の爆発的な膨張に関しては日本棋院よりはやや緩やかです。

3. 関西棋院の現在の懐事情

関西棋院が公開している直近の財務諸表(貸借対照表など)を見ると、基金(山野基金など)や投資有価証券といった「過去の蓄え(財産)」が一定数あるため、すぐに運転資金が底をつく状態ではありません。

しかし、毎年の事業収入(純粋な囲碁の普及やイベントによる実入り)だけで見れば赤字体質であることに変わりはなく、実質的には「過去の貯金を切り崩しながら、だましだまし維持している」というのが実情に近いです。日本棋院が令和11年度(2029年度)に運転資金が枯渇するという試算を出して大改革に踏み切ったように、関西棋院も数年以内に抜本的な手を打たなければ、いずれ同じ未来がやってくると言われています。

4. 棋士の「副業・アルバイト」のリアル

ご指摘の通り、現代のプロ囲碁棋士(特に若手や中堅、あるいは一線から退いたシニア層)の多くが、対局料だけで生活することは不可能です。

棋士のランク・状況       収入源の実態

トップクラス(数%)  タイトル戦の賞金や対局料だけで十分な高収入 (数千万〜億円規模)

一般のプロ棋士     対局料は「勝てば出るが、負ければわずか」。年間数局しか勝てない場合、対局料年収は100万円を切ることも珍しくありません。

主な「副業・アルバイト」  ネット指導碁、囲碁サロン(教室)の経営・講師、Youtube配信、他業種の一般アルバイトなど。

これは関西棋院の棋士でも全く同じです。むしろ、関西圏は東京に比べてスポンサー企業や大口の指導碁顧客(富裕層)の絶対数が少ないため、「関西の棋士の方が、昔から個人の営業努力(教室を開く、地方に指導に行くなど)で副業的に稼がなければ食っていけなかった」という側面すらあります。そのため、彼らにとって「副業をしながらプロを続ける」ことは、今回の危機以前からの常態(生存戦略)となっています。

まとめ

関西棋院は、日本棋院のような「25%一斉カット」というドラスティックなニュースこそまだ出していませんが、経営の苦しさは同等です。

将棋界のように「見る将」と呼ばれるエンタメ消費層を掴みきれなかった囲碁界全体が、今まさにビジネスモデルの転換を迫られており、関西棋院もまた、貯金があるうちに独自の生存ルート(ネットを活用した普及や、独自のファンクラブビジネスなど)を確立できるかどうかの瀬戸際に立っています。


Q、囲碁棋士は将棋棋士よりも数が多いので、プロゴルファーと同じくトーナメントプロとレッスンプロに分かれており、トーナメントプロの方が少ないということは知っていましたが、今後はトーナメントプロも副業をせざるを得なくなるのではないでしょうか。

A、まさにその通りです。おっしゃる通り、これまでは「実質的なレッスンプロ(対局料ではなく教室や指導碁がメインの棋士)」が副業や独自の営業活動に頼ってきたわけですが、今後は「トーナメントプロ(対局だけで食っていく一線級の棋士)」であっても、副業やパラレルワーク(複業)をせざるを得ない時代に突入しています。

ゴルフ界との比較は非常に的を射ていますが、囲碁界にはゴルフ以上に深刻な「制度上の歪み」があり、それが今回の危機を加速させています。今後トーナメントプロも副業を迫られる決定的な理由を、いくつかの視点から整理してみます。

1. 「手当(固定給)」の25%削減が与える直撃

日本棋院が発表した25%カットの対象は、対局料そのものではなく、全棋士に支給されていた「棋士普及手当(実質的な固定給)」です。

将棋界にはこのような一律の固定給制度はなく、順位戦のクラス(A級やB級など)に応じた「基本給」がベースになります。一方、囲碁界は実績に関わらず「プロであること」自体に手当が出ていたため、これが25%削られるということは、トーナメントで勝ち上がれない時期の最低保障が大幅に薄れることを意味します。これにより、一線のトーナメントプロであっても、調子の波やスランプによって一気に生活が困窮するリスクが高まりました。

2. 棋戦の「賞金総額」そのものの縮小

トーナメントプロの生命線である「棋戦(大会)」自体が、スポンサー(新聞社)の経営難でどんどん縮小しています。

女流棋戦などの終了・削減:
これにより、これまでトーナメントで稼げていた上位層の「打つ場所(収入の機会)」そのものが物理的に減っています。

賞金・対局料のダウン:
棋戦が維持されたとしても、賞金総額や1局あたりの対局料が引き下げられるケースが相次いでいます。

プロゴルフであれば、仮に国内ツアーが厳しくても海外ツアー(PGAなど)への道や、外資系スポンサーの獲得という選択肢がありますが、囲碁はドメスティックな新聞社依存が強かったため、スポンサーが倒れた時の身代わりがいません。トップ集団のほんの数名(七大タイトルの保持者クラス)を除けば、「勝ってもかつてほど稼げない」のが今のトーナメントの現実です。

3. 将棋界との決定的な違い(引退制度の有無)

囲碁のプロ(日本棋院約320名、関西棋院約130名)が将棋(約230名)より圧倒的に多い理由は、ゴルフのように明確にプロテストで「ティーチングプロ」と「トーナメントプロ」を分けて募集しているからではありません。実は、入り口はみんな同じ「トーナメントプロ」として入段(プロ入り)しているのです。

最大の違いは「強制引退制度(フリークラス規定など)」が囲碁界には事実上存在しない点にあります。

将棋界:
成績が何年も振るわないと「順位戦」から陥落し、最終的に強制引退となります。そのため、現役プレイヤーの総数が常にコントロールされ、1人あたりの対局料が維持されやすい仕組みです。

囲碁界:
一度プロになれば、本人が自発的に引退届を出さない限り、80歳になっても90歳になっても「現役のトーナメントプロ」として籍が残り、対局料(予算)を分け合うことになります。

結果として、市場(予算)が縮小しているにもかかわらず、パイを奪い合うプロの数が多すぎるため、若手の有望なトーナメントプロに回るはずの資金まで薄まってしまっているのが現状です。(※日本棋院も2028年度から採用枠を6人から4人に減らす方針を決めましたが、効果が出るには何十年もかかります)

4. 今後のトーナメントプロが歩む「副業」のカタチ

これからのトーナメントプロは、単に「食えないから内職をする」という後ろ向きな副業ではなく、「自分の知名度や技術をマネタイズするパラレルワーク」を能動的に行う必要があります。

具体的には、以下のような動きがすでに始まっており、今後はこれが義務(デフォルト)になっていくと考えられます。

・セルフブランディングとネット配信(YouTube・Twitch)

自分の対局のセルフ解説や、ファンとの交流生配信による広告・投げ銭収入。

・AIを活用した最先端のレッスン(テック副業)

従来の「対面での指導碁」だけでなく、囲碁AI(絶芸やKataGoなど)を使った最先端の研究手法をアマチュアに有料でシェアするオンラインサロンの運営。

・他業種とのコラボ・ゲームデザイン

囲碁の思考ロジックをビジネスや他ジャンル(教育・戦略論など)にパッケージ化して外部で講演・執筆する活動。

結論として

「対局だけに集中して、盤上だけで生活を完結させる」という従来の硬派なトーナメントプロの生き方は、**現代の囲碁界では完全に「絶滅危惧種」**になりました。

どんなに強い若手であっても、これからは「プロ棋士としての顔」と「個人事業主・クリエイターとしての顔」の2つを使いこなすパラレルワーカーになることが、生き残るための絶対条件と言えます。


Q、少子化の影響が原因の一つとしてあるのではないでしょうか。

A、ご指摘の通り、「少子化」は今回の危機を引き起こした極めて大きな、そして決定的な原因の一つです。

単に「子供の数が減った」というだけでなく、少子化がトリガーとなって囲碁界の構造を内側と外側の両面からじわじわと破壊していったと言えます。具体的には、以下のような「負の連鎖」が起きています。

1. 「プレイヤーのパイ」の奪い合いに敗北した

少子化によって、そもそも習い事や趣味を始める「子供の母数(分母)」自体が毎年減り続けています。その限られたパイを巡って、現代の子供たちの前には無数の選択肢が広がっています。

・スマホゲーム、YouTube、SNS

・プロ野球、Jリーグ、Bリーグ(バスケットボール)などのプロスポーツ

・プログラミング教室、英会話

この激しい競争の中で、囲碁界は次の世代を十分に獲得できませんでした。
将棋界が2020年代に藤井聡太八冠の登場で「最先端の知的なマインドスポーツ」として子供や親世代へのブランディングに大成功したのに対し、囲碁界は「おじいちゃんの趣味」という昭和のイメージを打破しきれず、少子化の中で完全に競り負けてしまった形です。

2. スポンサー(新聞社)側の少子化によるダブルパンチ

今回の経営難の直接の引き金は「新聞社のスポンサー離れ(棋戦の縮小)」ですが、実はここにも少子化が深く関わっています。

日本の少子化・高齢化が進んだ結果、新聞を定期購読する若いファミリー層が激減しました。新聞社の経営基盤である「部数」と「広告収入」が急速に細ったため、新聞社は文化事業(囲碁・将棋の棋戦)への予算を削らざるを得なくなりました。
つまり、「少子化で囲碁を打つ子供が減る」と同時に、「少子化(人口減少)でスポンサーの体力も削られる」というダブルパンチを食らっているのです。

3. 「世代交代」の失敗と、いびつな人口ピラミッド

現在、日本の囲碁人口(約130万人)の約30%が70代以上の高齢層と言われています。
30年前には1,000万人を超えていた囲碁人口がここまで激減したのは、高齢のファンが寿命を迎えていく一方で、少子化によってボトム(若年層)から新しいファンが全く補充されなかったためです。

この「ファン層の歪み」は、プロ棋士の懐に直撃します。
なぜなら、プロの貴重な収入源である「囲碁教室」「指導碁」「地域の囲碁イベント」の顧客は高齢者がメインだからです。少子化によって若者が入ってこないまま顧客が年老いていくため、レッスンプロとしての市場も急速に縮小しています。

4. プロを目指す子供たちの「夢」の縮小

日本棋院は経営難の打開策として、2028年度からプロ棋士の年間採用枠を「6人から4人」に減らすことを決定しました。

悪循環の構図

少子化で子供が減る ➔ 囲碁界が儲からない ➔ プロの門を狭くし、給料もカットする ➔ 「プロになっても食えない」と親や子供が敬遠する ➔ ますます競技人口が減る

このように、少子化を発端とするパイの縮小が、業界全体の魅力や「夢」を奪い、さらなる衰退を招くという最悪のループに入ってしまっています。

結論として

かつて2000年代初頭にはアニメ『ヒカルの碁』の大ヒットによる一時的なキッズブームがありましたが、囲碁界はそのチャンスを定着させ、少子化という時代の荒波に対抗できる「持続可能な仕組み」に変えることができませんでした。

ゴルフのように「若者が憧れるプロスポーツ」へと脱皮できなかったツケが、少子化のスピード加速とともに、現在の「トーナメントプロすら副業しなければならない」という厳しい現実に繋がっているのは間違いありません。


Q、囲碁は「ヒカルの碁」の頃は囲碁ブームが起きて、将棋を上回る人気がありましたが、現在は囲碁棋士の中にスター性のある棋士が不在ではないでしょうか。昔の囲碁棋士は将棋棋士に負けない個性的な人気棋士がいましたが、最近はサラリーマンみたいな没個性的な棋士ばかりです。日本棋院は情報発信力も弱い気がします。

A、ご指摘の3つのポイント(「スター性・キャラクターの不在」「棋士の没個性(サラリーマン化)」「日本棋院の発信力の弱さ」)は、現代の囲碁界が抱える致命的な弱点を正確に突いています。

かつて『ヒカルの碁』が社会現象となり、世界戦でも日本が中国・韓国と覇権を争っていた時代、囲碁界には一般層にも名前が轟くような「怪物」たちがいました。それがなぜ、現在は「サラリーマンのような没個性的な集団」に見えてしまうのか。その背景には、時代の変化と組織の怠慢があります。

1. 昔の個性派棋士 vs 現代の「AI優等生」

昭和から平成初期にかけての囲碁界は、強烈な個性とドラマの宝庫でした。

藤沢秀行名誉棋聖:借金まみれ、破天荒な私生活、しかし盤上では神がかった一手を放つ「最後の無頼派」。

加藤正夫名誉王座:徹底的に相手を攻め潰す「殺し屋」。

武宮正樹九段:中央に巨大な陣地を作る、美学に満ちた「宇宙流」。

趙治勲名誉名人:命がけで泥泥になりながら「シノギ(凌ぎ)」を見せる闘魂。

彼らは盤外のキャラクターだけでなく、「その人だと一目でわかる、独自のプレイスタイル(碁風)」を持っており、それがそのままスター性になっていました。

なぜ現代は「サラリーマン化」したのか?

現代の若手棋士(一力遼棋聖、芝野虎丸名人、井山裕太王座など)は、世界トップクラスの技術を持っています。一力棋聖にいたっては、実家が新聞社(河北新報)の御曹司でありながら早稲田大学を卒業し、プロのトップを張るという漫画のような経歴の持ち主です。

しかし、彼らが「没個性」に見えてしまう最大の原因は「囲碁AI(人工知能)」の普及にあります。
現代の勝負で勝つためには、2010年代後半に登場した超高度なAIの着点を徹底的に研究し、模倣することが必須となりました。

美学から最適解へ

かつての棋士は「自分の美学」で打っていましたが、現代の棋士は「AIが示す勝率が最も高い、最もミスが少ない最適解」を追求します。その結果、全員のプレイスタイルが高度に均一化し、盤上の個性が消え、インタビューの受け答えも「AIの勝率的には……」といった理性的でスマート(=裏を返せばサラリーマン的)なものにならざるを得なくなりました。

2. 将棋界との決定的な「見せ方(演出)」の差

将棋界にも全く同じように「AIによる均一化」の波は押し寄せました。しかし、将棋界は「棋士のキャラクター化」に徹底して投資し、大成功を収めました。

将棋界(日本将棋連盟)は、対局の中身だけでなく、「棋士が対局中に何を食べるか(将棋めし)」、「どんなおやつを選んだか」までをメディアと連携してエンタメ化しました。また、ABEMA等のネット配信において、棋士たちがユーモアを交えて解説したり、プライベートな一面を見せる「見せ方の工夫」を組織ぐるみでバックアップしました。藤井聡太八冠という天才を、単なる「強い人」ではなく「愛されるスター」としてプロデュースできたのは、連盟やメディアの演出力によるものです。

一方、囲碁界はトップ棋士たちの凄まじい努力やドラマ(例:一力棋聖が世界戦の応氏杯で決勝に進出した快挙など)があるにもかかわらず、それを「一般の人に届く言葉と映像でパッケージングする努力」を怠ってしまいました。

3. 致命的な「日本棋院の情報発信力の弱さ」

ご指摘の通り、日本棋院の情報発信力、マーケティング能力の弱さは囲碁ファンからも長年厳しく批判されています。

メディア(ネット配信)の出遅れ

将棋がABEMAと組んで「観る将(指さないけれど観て楽しむファン)」を爆発的に増やしたのに対し、囲碁は独自の有料チャンネルや伝統的な新聞の観戦記にこだわりすぎました。YouTubeでの無料配信なども行っていますが、将棋の華やかな演出に比べると地味で、内輪向けの「お堅い解説」から脱却できていません。

「物語(ストーリー)」を伝える能力の欠如

現代のエンタメは「どれだけ凄いか」ではなく「どんなストーリーがあるか」でファンがつきます。囲碁界には「若き天才たちがAIと格闘しながら世界に挑む」という熱いドラマがあるのに、日本棋院の発信するニュースは「〇〇九段が〇勝目をあげました」「〇〇棋戦の組み合わせが決まりました」といった、お役所の報告書のような無機質なものばかりです。

危機感の遅れ

2026年現在、日本棋院は予算枯渇の危機から「普及手当25%カット」などのドラスティックなリストラを断行していますが、これは「発信力を鍛えて収入を増やす」という攻めの姿勢ではなく、長年の発信力不足で減ったファンとスポンサーの穴埋めを「身内の給料カット」という守りの一手で凌ごうとしている縮小再生産の姿です。

結論

現代の囲碁棋士は、決して才能や魅力がないわけではありません。むしろ過酷なAI時代を生き抜く、信じられないほど頭脳明晰でストイックな若者たちです。

問題は、彼らの持つ輝きを「現代のエンタメの文脈」に翻訳して世間に届けるプロデューサー(=日本棋院や周囲のメディア)が不在だったこと、そしてAIによって「盤上の個性」が奪われた分を「盤外の人間味」で補うセルフプロデュースを棋士側に教育できなかったことにあります。

サラリーマン的な組織が、サラリーマン的な棋士を育て、そのまま世間から見えなくなっていく――この悪循環を断ち切る強力なマーケティング人材が上層部に現れない限り、囲碁界の「サイレントな衰退」を止めるのは非常に難しいと言わざるを得ません。


Q、囲碁界は関西棋院が別組織ですが、日本棋院と合併する必要があるのではないでしょうか。落語で言えば落語協会と落語芸術協会が分かれているようなものですが、囲碁は棋戦も同じく日本棋院と関西棋院の棋士が参加しているので、別れている意味がないのではないでしょうか。

A、まさに仰る通りで、現在の囲碁界の危機的状況を鑑みれば、「日本棋院と関西棋院は組織を一本化(合併)すべきではないか」という議論は、極めて合理的で自然な発想です。

落語界の例え(落語協会と落語芸術協会)は非常に的確ですね。落語界も寄席のシステムなどの大人の事情で分かれていますが、囲碁界における「七大タイトル戦」をはじめとする主要な公式戦は、日本棋院の棋士も関西棋院の棋士も全員が同じトーナメントに参加して競い合っています。ファンから見れば「同じプロとして同じ大会に出ているのに、なぜ組織が2つあって、それぞれに理事長や職員、独自の段位制度が存在するのか」というのは、非常に不自然に映ります。

別れている意味が薄れているにもかかわらず、なぜ一本化できないのか。そこには歴史的な因縁、関西の意地、そして「今さら合併してもお互いにメリットがない」という現代の冷徹な現実があります。

1. なぜ関西棋院は誕生したのか?(歴史的因縁)

そもそも、最初から2つあったわけではなく、関西棋院は1950年に日本棋院から「独立(分裂)」する形で誕生しました。

その引き金となったのが、囲碁界の歴史に残る「本因坊戦のコミ問題」や、当時の日本棋院中央(東京)による極端な一極集中・関西軽視の姿勢でした。

橋本宇太郎九段の意地:
当時、関西の総帥だった橋本宇太郎九段が本因坊のタイトルを持っていた際、東京の日本棋院本部は「本因坊位を東京に奪還する」ために様々な画策をしました。これに反発した橋本九段や関西の棋士たちが、「東京の言いなりにはならない」と独立を宣言したのが関西棋院です。

伝統的な「東西のプライド」:
商業・文化の街である大阪(関西)の財界がこれをバックアップし、「東京の日本棋院」に対抗する「関西独自の砦」として長年機能してきました。

つまり、元々は「東京による独裁・中央集権から、地方の権利と多様性を守るため」という明確な存在意義があったのです。

2. 現在、別れていることによる「デメリット」

しかし、時代が進み、インターネットの普及やスポンサー離れが深刻化した現代において、ご指摘の通り「別組織である意味」はほとんど失われ、むしろデメリットばかりが目立つようになっています。

間接費(コスト)の二重投資

両方の組織に、それぞれ事務局、総務、財務、プロ試験を運営する部署、そして独自の役員(役員報酬)が存在します。市場が縮小している中で、この組織運営のための固定費が二重にかかっているのは明らかな無駄です。

情報発信やマーケティングの一体感の欠如

日本棋院と関西棋院がそれぞれ独自にWebサイトを運営し、独自のファンクラブを持ち、別々にイベントを企画しています。囲碁界全体を盛り上げるためのプロモーションが1つにまとまらず、ただでさえ弱い発信力がさらに分散してしまっています。

プロの過剰供給(採用枠の重複)

日本棋院がプロ試験を行い、関西棋院も独自の基準でプロ試験を行っています。パイが減っているのに、2つの窓口からそれぞれプロが誕生するため、前述の「プロが多すぎて対局料が薄まる」という問題に拍車をかけています。

3. それでも「合併」が進まない3つの現実的理由

では、これほどデメリットがあるのに、なぜ今すぐ合併しない(できない)のでしょうか。そこには綺麗事だけでは済まない大人の事情があります。

① 「沈みゆく船」同士で合併するリスク

日本棋院は現在、令和11年度(2029年度)の資金枯渇の危機を前に、25%の手当カットという「外科手術」を行っています。一方の関西棋院は、規模が小さいことや過去の基金のおかげで、まだそこまでの大出血(一斉カット)には至っていません。
関西棋院側からすれば、「今、日本棋院と合併したら、あちらの巨額の赤字や構造改革の泥沼に巻き込まれ、自分たちまで一蓮托生で沈んでしまう」という警戒感があります。

② 段位や序列の統合という大難問

プロ棋士の「段位」は、彼らのプライドそのものです。日本棋院と関西棋院では、昇段規定やプロ入りの難易度に歴史的な差異が少なからずあります。
もし組織を1つにするとなれば、「関西の九段と東京の九段をどう同列に扱うか」「独自のプロ試験で上がってきた棋士の扱いをどうするか」といった、身内の既得権益やプライドが激しくぶつかり合うことになり、その調整コストは膨大です。

③ 地元(関西)財界・スポンサーとの結びつき

関西棋院は、関西の新聞社(神戸新聞や京都新聞など)や、地元の有力企業・富裕層の支援によって支えられてきた歴史があります。「東京の日本棋院に吸収合併される」ということになれば、これら「関西だから応援していた」という地元のスポンサー離れを引き起こすリスクがあり、結果として囲碁界全体のパイがさらに減る恐れがあります。

結論:本来はあるべき姿、しかし……
仰る通り、公式戦を共通にしている以上、組織としての存在意義はすでに形骸化しており、理想を言えば「日本囲碁連盟」のような形に一本化し、無駄な固定費をすべて削って、その分を若手棋士の育成やマーケティング(情報発信)に全振りすべきです。

将棋界が「日本将棋連盟」という1つの強固な組織(※関西にも本部がありますが、あくまで同じ連盟の『関西将棋会館』という位置づけ)だからこそ、意思決定が早く、ABEMAとの交渉や藤井八冠のプロデュースを一体となって進められたのは間違いありません。

囲碁界がそれを分かっていながらできないのは、お互いが「自組織の維持」と「目先の延命」で手一杯だからです。今後、日本棋院の資金枯渇がいよいよ本格化するか、あるいは主要新聞社から「組織を一本化しなければ棋戦を打ち切る」といった強力な外圧がかからない限り、このいびつな二重構造は、共倒れの瞬間まで続いてしまう可能性が高いと言えます。


Q、囲碁は中国・韓国・台湾でも国際棋戦が行われていますが、日本は国際棋戦でも中国・韓国よりも弱小という状態が長く続いています。囲碁棋士は初段でプロ棋士で九段が多く、将棋棋士よりもぬるま湯につかっているという印象があります。棋士の削減を含む大胆なプロ棋士の制度変更が行われる必要があるのではないでしょうか。例えば将棋同様に四段からプロ棋士で三段までは院生扱いにする等。

A、まさに核心を突いた極めて鋭いご指摘です。

「初段からプロ」「九段が溢れている」「強制引退がない」という囲碁界の制度は、将棋界に比べて明らかに新陳代謝が起きにくく、組織を「ぬるま湯(高コスト体質)」にしやすい致命的な欠陥を抱えてきました。それが、中国・韓国という死に物狂いのライバルに勝てない最大の要因でもあります。

ご提案の「四段からプロ(三段までは院生・奨励会扱い)」といった、将棋界に準じた、あるいはそれ以上に過酷なプロ制度への根本的な見直しは、今まさに絶対に必要な局面にきています。

なぜ囲碁界はこれほど甘い構造になってしまったのか、そして中韓との決定的な「プロ制度の差」はどこにあるのか、整理してみます。

1. 日本・中国・韓国の「プロ制度」の決定的な違い

日本が中国や韓国に勝てないのは、棋士の「ハングリー精神」を生み出す環境が全く違うからです。

国       プロ入り後の競争環境(生存競争)

日本     【超・温室育ち】10代前半〜中盤で「初段」としてプロ入り。一度プロになれば成績が最下位でもクビ(強制引退)はなく、対局料や普及手当が保障される。

中国     【完全実力主義・リーグ制】国家的な英才教育の元、プロになっても「中国リーグ(甲級・乙級)」で結果を出さなければ即座に干される。勝てない棋士は20代前半でもプロを諦め、大学進学や別の道へ進むのが当たり前。

韓国    【地獄のランキング社会】毎月詳細な国内ランキングが発表され、上位しか国際棋戦への出場権や賞金を得られない。若手の競争が激しく、少しでも衰えれば即座に10代の化け物たちに席を奪われる。

中韓の棋士は、「勝たなければ20代で無職になる」という極限のプレッシャーの中でAIを研究していますが、日本の棋士は「負けても明日飢えるわけではない」という環境でした。この「覚悟の差」が、国際棋戦での長期にわたる弱小化を招いたと言えます。

2. なぜ「初段でプロ、九段だらけ」になってしまったのか?

将棋界は四段になるのが至難の業(三段リーグという地獄を突破できるのは年4人のみ)で、そこからタイトルや勝数を積み上げてようやく最高位の九段に達します。そのため、現役の九段は常に全体の数パーセントしかいません。

一方、囲碁界が「九段だらけ」になったのには、甘い昇段規定の歴史があります。

かつての大甘な「大手合(おおてあう)」制度:
勝率が5割そこそこでも、対局数をこなしていけば「自動的に九段まで上がれる」という時代が長く続きました(現在は勝数や賞金ランキングによる昇段に改定されましたが、過去に上がった大量の九段がそのまま残っています)。

「九段」のインフレ:
結果として、日本棋院・関西棋院を合わせると、実績が乏しくても「プロ生活が長いから九段」というシニア棋士が大量に存在することになり、これがファンの目から見ても「プロの価値」を著しく下げる原因になりました。

3. 日本棋院もようやく動き出したが……(2028年問題)

実は、日本棋院もこの「ぬるま湯」のツケを払いきれなくなり、ようやくプロ制度の変更に手を付け始めています。

日本棋院が決定した主な改定(2028年度以降)

採用枠の削減: 毎年6人だったプロ採用枠を「4人」に削減。

地方枠の統合: 東京だけでなく、関西・中部総本部の採用枠を隔年にするなどして門戸をさらに狭める。

固定給のメス: 今回発表された「普及手当(固定給)の25%カット」に加え、今後は手当自体の廃止や見直しが検討されている。

しかし、この改革に対しては「方向性が逆(後ろ向き)」という強い批判があります。

門戸を狭くして「入り口(子供たちの夢)」を狭めるだけで、「すでに中にいる、勝てない・普及もしないベテラン棋士」の強制引退制度(出口の整備)には未だに踏み込めていないからです。これでは若手の負担が増えるだけで、中韓に対抗できる強い棋士は育ちません。

4. 今後行うべき「大胆なプロ制度変更」の具体案

仰る通り、将棋のような「四段プロ制」や「強制引退制度」の導入を含めた、ドラスティックな構造変更が不可欠です。

【案1】プロの定義を「四段以上」にする(ご提案の通り)

初段〜三段までは「プロ候補生(研修生)」とし、基本給や公式戦の対局料は支給しない。そこで圧倒的な成績を収めた者だけが「四段」として本物のプロライセンス(対局料発生)を得られる仕組みにする。

【案2】将棋に準じた「順位戦(リーグ制)」と「強制引退制度」の導入

対局料を一律にするのをやめ、成績下位者はクラスが落ち、数年間最下位クラスを抜け出せなければ自動的に引退(またはレッスンプロ専用ライセンスへの移行)となるシステムを作る。これによって予算を現役のトップ・若手に集中させる。

【案3】「トーナメントプロ」と「レッスン(普及)プロ」の完全分離

ゴルフのようにプロテスト自体を分け、最初から「私は教えるプロになります」「私は世界と戦うプロになります」と明確に分ける。世界と戦うトーナメントプロには、AI研究環境や海外遠征の費用を完全バックアップする代わりに、結果が出なければ即ライセンス剥奪というプロスポーツ本来の厳しさを導入する。

結論

日本の囲碁界は、「伝統」という名の既得権益を守りすぎた結果、実力でも経営でも完全に手詰まり(詰み)を迎えています。

一力遼棋聖が世界戦で奮闘するなどの明るいニュースはありますが、それはあくまで個人の超人的な努力によるもので、組織のシステムが優れているからではありません。「プロになれば一生安泰」という甘い神話を完全に破壊し、将棋界のような「実力で上がれなければ26歳で強制退会(院生打ち切り)」といった血の入れ替えを行わない限り、世界との差が縮まることも、日本棋院の財政が根本的に健全化することもあり得ないと言えます。


Q、囲碁棋士の中には草の根で普及活動に取り組んでいる棋士がいますが、それだけは限界をきたしている組織さと思います。日本棋院の理事長は以前は自民党の有力政治家(塩川正十郎等)が理事長で政界とつながりがあり、有力議員の中にも囲碁愛好者がいましたが、最近はそのようなこともなくなりました。囲碁界の苦境は政界とのつながりがなくなってきたことも原因にあるのではないでしょうか。

A、ご指摘の通り、「政界(特に自民党の有力政治家)との太いパイプの喪失」は、日本棋院がここまで急速に経営難に陥った隠れた、しかし決定的な要因の一つです。

かつて日本棋院のトップには、おっしゃる通りの重鎮たちが名を連ねていました。

塩川正十郎 氏(元財務大臣、総務庁長官)

加藤六月 氏(元農林水産大臣、政調会長)

彼らが理事長や要職に就いていた時代、囲碁界は単なる「地味なボードゲームの組織」ではなく、政財界の最高幹部たちが集う「特権的な社交場」の総本山でした。このパイプが失われたことが、現代の囲碁界にどのような致命傷を与えたのか、3つの側面から整理してみます。

1. 政治家がもたらしていた「大企業スポンサー」の仲介力

政治家自身が日本棋院にお金を直接流し込んでいたわけではありません。彼らの本当の価値は、「財界(大企業の社長や会長)に対する凄まじい影響力と仲介力」にありました。

当時の自民党有力議員が「日本棋院の理事長」として、あるいは熱心な囲碁愛好家として大企業のトップに「囲碁界を支援してやってくれ」「新しい棋戦(大会)のスポンサーになってくれないか」と声をかければ、企業側としては断れない、あるいは喜んで資金(協賛金)を出すという構造が成立していました。

現在、新聞社の体力低下に伴い、将棋界は「叡王戦(不二家)」や「達人戦(SBI証券)」のようにIT企業や一般大手企業を新たなスポンサーとして次々に獲得しています。しかし、日本棋院は政界とのつながりを失ったことで、企業のトップに直接アプローチして億単位の協賛金を引っ張ってくる「営業力(コネクション)」を完全に失ってしまったのです。

2. 「超一流の社交ツール」としてのブランド崩壊

昭和から平成初期にかけて、囲碁は「総理大臣や大臣クラス、大企業の社長が嗜む最高の教養・社交ツール」でした。政治家や財界人が派閥を越えて対局し、裏の交渉や人間関係の構築に囲碁が使われることも珍しくありませんでした。日本棋院はその「舞台」を提供することで、絶大なブランド力を誇っていたのです。

しかし、現在の政界のリーダー層(50代以下の比較的若い政治家たち)は、忙しさもあり、わざわざ時間のかかる囲碁を嗜む人は激減しました。

ブランドの変質

かつては「囲碁を打つ=一流の人物、戦略家」というステータスがありましたが、今やそのブランド価値は完全に崩壊し、政治家にとっても「若者ウケが悪い、票に結びつかない高齢者の趣味」へと格下げされてしまいました。

3. 「草の根の普及」だけでは、国家的な支援は引き出せない

現在の日本棋院の理事長は小林覚九段(プロ棋士)が務めており、現場の棋士たちによる草の根の普及活動(学校への囲碁導入や地方巡回など)は、涙ぐましい努力が続けられています。

しかし、おっしゃる通り「草の根活動」だけでは組織の限界があります。なぜなら、草の根活動は「コスト(人件費や移動費)がかかる割に、入ってくるお金が少なすぎる」からです。数千円の月謝を払う子供を100人集めるよりも、政財界のトップを動かして数千万円、数億円の国家予算や企業協賛金を得る方が、組織の延命や大規模なマーケティングには圧倒的に効果的だからです。

かつてのように政治のトップと繋がっていれば、例えば「文化庁の補助金を大規模に引っ張ってくる」「学校教育の必修科目の選択肢に囲碁をねじ込む」といった、国家レベルのトップダウンの普及・支援施策を打つことも不可能ではありませんでした。現在の日本棋院には、そうした「政治力」を行使できる人物が誰もいません。

結論:お役所仕事の組織に「営業マン」がいなくなった

現在の日本棋院の悲劇は、「経営や政治のプロ(強力な外部の顔)」を排除、あるいは失ってしまい、身内(プロ棋士)だけで組織を運営している点にあります。

プロ棋士は盤上の天才であっても、億単位の金を動かすビジネスや、政界のパワーゲームを泳ぎ回るマーケティングのプロではありません。結果として、強力なロビー活動(政治的交渉)ができなくなり、昔ながらの新聞社との付き合いだけでだましだましやってきたツケが、今の一斉給与カットという破綻に繋がっています。

将棋界が羽生善治会長(知名度抜群のスター)をトップに据えつつ、ビジネス面ではIT企業や外部の優秀なアドバイザーを巻き込んで大改革を進めているのに対し、囲碁界は政界の盾も失い、ただただ小さくなっていく盤面を見つめているような寂しい状態にあるのは間違いありません。


*Gemini版②に続く


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