「話を聴いてもらう」なんて、ただの雑談にすぎないと思うかもしれない。 でも、それが時として絶大な効果を持つことがある。
私自身、話を聴いてもらって救われたこともあれば、 逆に聴いてもらえなくて絶望したこともある。
今回は、「話をすること」「聴いてもらうこと」が持つ力について、 自分の経験をもとに考えてみたい。
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◇ 話を聴いてもらって救われた経験
本当に自己否定がひどい時期があった。
「自分はくそのような存在で、この地球上にいるだけで負の遺産を生み出している」
そう思うほど、落ち込んでいた。
でも、そのとき話を聴いてくれた相手は、とにかく私を全肯定してくれた。
「そんなことないよ!」 「ささきさんのこういうところが素敵だよ!」
本当に、ありとあらゆる言葉で肯定してくれた。誰かに裏で金でも握らされたのか? というくらいに褒めてくれた。
普段なら「そんなお世辞いらない」と思うかもしれない。
でもそのときの私は、凄まじい自己否定をする一方で、「わたしを褒めて! 息してるだけでもえらいって言って! 100個良いところ言って! 褒めろ称えろたてまつれ!」 と心の奥底で叫んでた。
だからこそ、全肯定してくれる言葉がものすごく効いた。
「た、太鼓持ちかよ……。無理しなくていいって……」と言いながらも、本当に嬉しかった。そんな私の悪態に笑って、その人はその後も私のことを褒めてくれた。
すぐに立ち直れたわけじゃないけど「私ってそんなにダメな存在じゃないのかも」と、 ほんの少し思えた。
正直、ものすごく救われた。
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◇ 話を聴いてもらえなくて絶望した経験
逆に、「話を聴いてもらえない」ことで、強烈な孤独と絶望を感じたこともある。
あるとき、仕事が本当につらくて、 上司に相談したことがあった。
「こういうところがつらいんです……」
でも、返ってきた言葉は、
「大変なのはみんな同じ」 「でも○○さんはできてるよ」 「努力が足りない、注意力が足りない、やる気が足りない」
……聞いてもらえた気がしなかった。私のことをすごく否定されたって感じた。
「何を言っても無駄なんだ」と強烈に感じた。
その瞬間、「誰も私を理解してくれないし、この世に救いなどない……」という絶望感が一気に押し寄せた。
現状を変えるのが難しいことは、わかっていた。でもだからこそ、せめて私の抱えている不安やつらさを聞いて欲しかったのに、それすらしてもらえないのか、と思った。
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◇ 「話すことの効果」
この2つの経験を通じて気づいたのは、 「話すこと」には、ものすごい力がある ということ。
たとえば、
①ずっと愚痴を話していたら、ふと視界が開ける瞬間があった → 「あれ? もしかして、私そんなに悪くない?」と思えた。
② 「こうすればいいかも」と思える瞬間があった → 延々と話して、気持ちが整理されたからこそ、 解決の糸口が見えた。
③ 吐き出すことで、心に隙間ができた → 一人で悩んでいるときは、頭の中がいっぱいになりがち。 でも、言葉にして出すことで、少し余裕ができた。
つまり、「話す」って、 ただ愚痴を聞いてもらうだけじゃなくて、「自分の思考を整理するためのプロセス」 でもある。
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◇ 誰に話すかはめちゃくちゃ大事
とはいえ、誰に話すかによって、 この「話すことの効果」が大きく変わる。
私の場合、本当に思い悩んでいることほど、近しい人には話しにくい。
なぜなら、
① 少しでも否定されたら、一瞬で「誰も私を理解してくれない」と絶望するから 。
②「気を遣わせてごめん…」と思ってしまうから 。
③ 近しい人だからこそ、見える視点がある一方、素直に受け入れられないこともあるから。
もちろん、 「この人なら絶対にわかってくれる」 という人がいるなら、それはとても幸せなこと。
でも、身近な人に話すのが難しいとき、 第三者に話せる場があるのは、とても助かる。
私は占いをしてもらうのがとても好きだが、占いブースで話を聴いてもらったとき、 そういう「近いけど遠い」距離感が、 話しやすさにつながったのかもしれない。
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◇ まとめ
「話すこと」は、ただの雑談ではなく、 時に絶大な効果を持つ。
①全肯定されると、自分を少し肯定できるようになる。
②話すことで、気持ちが整理され、解決の糸口が見えることもある。
③誰に話すかで、その効果は大きく変わる。
④話すことを通じて、「自分を少しでも肯定できるきっかけ」を作る。
それができる人や場を見つけることが、 とても大切なのかもしれない。
そして私自身が、この場所でそんな存在の一端になれたら、うれしいな、と思う。