優しくされると、期待してしまう自分が嫌になる

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コラム
その人は、特別なことをしたわけじゃない。

重い荷物を持ってくれた。
少し疲れていた私に、
「大丈夫?」と声をかけてくれた。
帰り際に、
「気をつけてね」と言ってくれた。

ただそれだけ。

きっと、誰にでもできる優しさ。
大げさに受け取るようなことではない。

そう分かっているのに、
心は勝手に反応してしまう。

あれ、少し気にしてくれているのかな。
私のこと、見てくれていたのかな。
もしかして、少しは特別に思ってくれているのかな。

そう考えた瞬間、
胸の奥がほんの少しあたたかくなった。

でも、そのすぐ後に、
私は自分に言い聞かせる。

期待しちゃダメ。

ただ優しい人なだけかもしれない。

私だけが勘違いしていたら恥ずかしい。

そうやって、
嬉しかった気持ちを急いで小さくしようとした。

優しくされて嬉しい。

でも、その嬉しさを素直に受け取るのが怖い。

そんな自分が、少し嫌だった。

本当は、ただ
「ありがとう」
「嬉しかった」
と思えたらいいのに。

その人の優しさに触れるたび、
私はすぐに意味を探してしまう。

どういうつもりで言ってくれたんだろう。
誰にでもこういうことをする人なのかな。
私だから気にしてくれたのかな。
それとも、何も考えていないのかな。

相手のたった一言に、
いくつもの意味を重ねてしまう。

そしてあとから、
そんな自分に疲れてしまう。

優しくされたことよりも、
その後に考えすぎてしまう時間のほうが長い。

嬉しかったはずなのに、
気づけば不安になっている。

その繰り返しだった。

ある日、その人が
私の好きな飲み物を覚えていてくれた。

「これ好きって言ってたよね」

そう言って、何気なく渡してくれた。

本当にささいなことだった。

でも私は、心の中で大きく揺れた。

覚えていてくれたんだ。

私が前に言ったことを、
ちゃんと聞いてくれていたんだ。

その事実が、嬉しかった。

特別扱いされたわけではないかもしれない。
ただ記憶力がいいだけかもしれない。
たまたま覚えていただけかもしれない。

それでも、嬉しかった。

でもその嬉しさを、
誰にも言えなかった。

言葉にしたら、
自分が本気で期待しているみたいで怖かった。

「それ、脈ありじゃない?」
なんて誰かに言われたら、
嬉しい反面、もっと期待してしまいそうで怖かった。

「それくらい普通だよ」
と言われたら、
恥ずかしくて、傷ついてしまいそうだった。

だから私は、
嬉しかったことを自分の中だけにしまった。

でも、心は静かにその出来事を何度も思い出していた。

あの時の言い方。
表情。
声のトーン。
渡してくれた時の距離感。

思い出すたびに、
少し嬉しくなって、
少し不安になった。

恋が始まる前の優しさは、
とてもややこしい。

ただの親切かもしれない。

でも、期待してしまう。

ただの会話かもしれない。

でも、特別に感じてしまう。

相手にとっては何気ない一瞬でも、
自分にとっては一日中思い出してしまう出来事になることがある。

そんな自分を、
私は何度も責めた。

少し優しくされただけで期待するなんて。
勝手に意味を考えるなんて。
私、恥ずかしいな。
重いのかな。
恋愛に慣れていないみたい。

でも、本当はそうじゃないのかもしれない。

優しさに心が動くのは、
恥ずかしいことではない。

誰かに気にかけてもらえたと感じた時、
嬉しくなるのは自然なこと。

覚えていてくれた。
声をかけてくれた。
気づいてくれた。
心配してくれた。

そんな小さな優しさに、
心があたたかくなるのは、
とても人間らしい気持ちだと思う。

ただ、怖いのは、
その優しさが本物かどうか分からないこと。

相手に恋愛感情があるのか、
ただ親切なだけなのか、
まだ分からないこと。

分からないから、期待しては止める。

嬉しくなっては、落ち着こうとする。

近づきたいのに、
傷つく前に距離を取りたくなる。

その間で、心が揺れてしまう。

私は、期待したくないわけじゃなかった。

本当は、期待したかった。

もしかしたら、
この人も私を少し気にしてくれているのかもしれない。

また話せるかもしれない。
少しずつ近づけるかもしれない。
この恋が、やさしく始まるかもしれない。

そんなふうに思いたかった。

でも、期待したあとに違った時の痛みを知っているから、
自分で自分にブレーキをかけていた。

「期待しないほうが楽だよ」
「勘違いだったら傷つくよ」
「まだ本気にならないほうがいいよ」

心の中の声が、
何度も私を止めようとする。

それは、私を苦しめるためではなく、
守ろうとしてくれている声なのかもしれない。

過去に傷ついた自分が、
もう同じ思いをしないように、
必死に守ってくれているのかもしれない。

だから、期待してしまう自分も、
期待を止めようとする自分も、
どちらも責めなくていい。

どちらも本当の自分。

どちらも、私の心を守ろうとしている。

優しくされた時に、
素直に嬉しいと思う自分。

でも、また傷つくのが怖くて、
期待しすぎないようにする自分。

その両方があっていい。

恋が始まる前は、
相手の気持ちがまだ見えない。

だからこそ、
小さな優しさに心が揺れる。

ただの親切かもしれない。
でも、もしかしたら少し特別かもしれない。

その曖昧さの中で、
人は期待したり、不安になったりする。

でも、ひとつだけ大切にしたいことがある。

優しくされたことを嬉しいと感じた自分を、
恥ずかしいと思わなくていい。

嬉しかったなら、嬉しかった。

あたたかく感じたなら、あたたかかった。

まずはその気持ちだけを、
自分の中で認めてあげてもいい。

それが恋になるかどうかは、
まだ分からなくていい。

相手がどういうつもりだったのかも、
今すぐ答えを出さなくていい。

ただ、
「私はあの優しさが嬉しかったんだ」
と感じることまで、否定しなくていい。

もし今、あなたが

「優しくされると、すぐ期待してしまう」
「ただの親切かもしれないのに、意味を考えすぎてしまう」
「期待してしまう自分が恥ずかしくて嫌になる」

そんな気持ちを抱えているなら、
自分を責めすぎなくて大丈夫です。

優しさに心が動くのは、
あなたが弱いからではありません。

人を大切に感じられる、
やわらかい心があるからです。

ただ、そのやわらかい心が傷つかないように、
慎重になっているだけ。

期待する自分も、
怖がる自分も、
どちらも大切にしていいのです。

心葉(ここは)では、
あなたの気持ちを否定せずにお聞きしています。

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