人生の後半に、静かに問い直したこと

記事
コラム
この文章は、
介護の現場に立つ中で、
人生の後半について静かに考えるようになったときに
書いたものです。

昨年の夏から、
私は認知症高齢者のグループホームで働いています。 ㅤㅤ

きっかけは、とても現実的なものでした。 
無資格・未経験でも始められること、 
自宅サロンの仕事と両立できそうだったこと。 ㅤㅤ 
正直に言えば、 「何か大きな志があった」というわけではありません。 ㅤㅤ 

当初は、 デイサービスのように お年寄りと穏やかに過ごす場所なのだろう、 そんなイメージを持っていました。 ㅤㅤ 
けれど実際は、 入浴・排泄・食事・見守りなど 
生活そのものに深く関わる仕事でした。 ㅤㅤ 

それでも不思議と、 
利用者さんと向き合う時間は 私の心を満たしていきました。 ㅤㅤ 

小さな手助けひとつに 「ありがとう」と言ってもらえること。 
その言葉が、 胸の奥に静かに染み込んでくる感覚。 ㅤㅤ 

「役に立っている」というより、
「ここに居ていい」と感じられる時間でした。 ㅤㅤ 

一方で、 目を背けたくなる現実にも 何度も出会いました。 ㅤㅤ 
認知症が進み、
これまで積み重ねてきた人生や 大切な人との記憶が、 
少しずつ遠のいていく姿。 ㅤㅤ 

妄想や不安、 身体の自由がきかなくなり、 
「ごめんね、迷惑かけて…」と 申し訳なさそうに口にされる言葉。 ㅤㅤ 
そのたびに、胸がきゅっと締めつけられました。 ㅤㅤ 

訪問診療で 淡々と薬が増えていく様子を見るたびに、
「ただ生かされているだけ、になっていないだろうか」 
そんな問いが 自分の中に残るようになりました。 ㅤㅤ 

もし、これが 自分自身の未来だったとしたら── 
私は、どう在りたいのだろう。 
そう考えるようになったとき、 
私は初めて 「認知症予防」という言葉を 
自分の人生の問題として捉えました。 ㅤㅤ 

それは 恐れからではなく、 
私は 
自分が生きてきた歴史を、
大切な人との時間を、
最期まで自分のものとして抱いていたい──  ㅤㅤ 

グループホームで出会った利用者さんの中に、 
亡くなった母と同い年の方がいました。 
母との関係には、 
長いあいだ 言葉にできない葛藤がありました。 ㅤㅤ 

だからこそ、 今、目の前の利用者さんに向き合う時間が、 
どこかで 自分自身を癒しているようにも感じています。 ㅤㅤ 

この経験を通して、 
私が大切にしたいと思うようになったのは、 
「認知症を防ぐ方法」を教えること以上に、 
人生の後半を、どう在りたいかを静かに見つめる時間でした。 ㅤㅤ 

答えを急がず、立ち止まる時間を 大切にしていきたい。 
いまは、そんな在り方でいます。

もし、
同じような問いを抱えている方がいたら、
ゆっくり話す時間もご用意しています。

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