ロサンゼルス大火災の焼失地域の印象的な建物をストリートビューで探し、建物スケッチの練習をしていたので、少し時間が空いてしまいましたが。
埼玉県すごいよ。シリーズ再開です。
埼玉県の悪いところは明治神宮の森をつくった本多静六博士の資料館を最近作った旧菖蒲町のように、卑屈になりすぎて魅力的な部分を放置してきたり。
それに最近気づいて大切にしようとする動きもみられるのですが。
前回紹介した朝霞市の北にある志木市は史跡があるものの。
貝塚を宅地のために削って半分の大きさになってしまったり。
場所の痕跡はあるものの跡形もないものが多いため、何とも残念な気分になる事が多いのですが。
しかしその反省なのか、志木市にあったという『柏の城』に関しては、すでにそこには全く城跡の面影はないものの。
そこにあったという場所には、とても丁寧な解説が建てられています。
曲輪跡
城跡
お堀跡
しかし、それ以外志木市という場所はこれまでの市や町とは違い、これといった目立つものが本当に何もありません。
しかし、何もないといっても人が住むところですから何かしらあるもので、志木市は運搬の拠点となった新河岸川(しんがしがわ)と柳瀬川(やなせがわ)の交わる三角州に作られた、市役所周辺が熱いのです。
市役所じたいが普通は公園になるような、変なところにある。というのもそうですが。
現在志木市の市役所の前は大きな広場になっており。
向かいの公園は移築した古い薬局の建物と公園。
そして和風の外観のお洒落なカフェが併設されていますが。
しかし、2019年までは市役所の向かいの公園は奥に見える、「村山快哉堂」という古い薬局の建物があるだけで他は何もなかったらしい。
「村山快哉堂(むらやまかいさいどう)は、埼玉県志木市にある薬局および建築物。志木市指定有形文化財。明治10年(1877)11月に建築された木造2階建て土蔵造りの店蔵で、平成7年(1995)に解体後、平成13年(2001)にいろは親水公園村山快哉堂ひろばに移築復元したもの。」
一度解体対してから復元したものになるので、市の有形文化財になりますが。これではせっかくの立派な建物も可哀想・・・。
中風は、脳卒中や脳血栓などの脳血管疾患を指す言葉で、脳梗塞や脳出血、クモ膜下出血などの脳血管障害の病気の事で。
『中風根切薬』はこの村山快哉堂のオリジナルの薬だった模様。
以前の市役所も、何故か中洲の先端に向けてまっすぐではなく、少し西を向いて建てられていました。
とはいえ、やはり川に挟まれた場所のため入り口は高い場所に作られており。
ロビー前のロータリーは、新宿駅西口のような60年代モダン建築の様式の丸みを帯びたデザインで、レトロな懐かしさを感じるものでした。
高い場所にあるために眺めは最高です!
現在の市役所の前は駐車場ではなく、以前よりもとても広い広場になっているので、イベントスペースとして使われているようですね。
前にはお洒落なカフェもありますし、志木市の町おこしに頑張っていることがよくわかります。
なにより市役所東側の新河岸川にかかる「いろは橋」の欄干のレリーフが、とてもお洒落です。
そして市役所の前の道を東武東上線 志木駅までの道の途中に国の有形文化財の「朝日屋原薬局」があります。
こちらは村山快哉堂よりは新しい、明治時代の1912年の建物ですが。
そこにある建物が建設当時のままに残されている事が評価され、敷地内の建物が有形文化財になっているようです。
そして志木市は市役所周辺に文化財が集まっており。
少し北に行ったところにこちらは市の指定ですが。イギリス積みで建てられた明治時代の水門。「北美圦樋(きたみいりひ)」というところがあります。
とても綺麗で明治時代に作られたものとは思えませんが、大切に使っているとこんなに綺麗なままなんですね!
そして、川の対岸近くの敷島神社の中にある田子山富士塚(たごやまふじづか)も国の有形文化財だそうで。
都民から見ると富士塚自体そんなに珍しいものでもなく、明治5年(1872)に完成と、比較的新しいものなのでいまいちピンとこないですが。
富士塚が初めて江戸に出来たのは1780年と、実は比較的新しい文化なので、それが少し遅れて埼玉に入ってきたという事なんですね。
富士塚はどういう基準で国指定になるのか、いまいちよく分かりませんが🤔
そんなわけで次回は隣にある新座市と三芳町を紹介します。
#このシリーズは「#埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る」で、まとめています。