「あなたが人生のゴールに向かうために非常にシリアスな決断をするとき、その時の友人たちを失うだろう」
という言葉がインスタに流れていた
当たってるなぁ~~と思った
10数年前、わたしは「人生のゴールとトッププライオリティ」の為に住んでた土地から離れた。そして果ては日本から出た。
あの時わたしがやろうとしていたことを
本当の意味で「理解」してくれた友人はただ一人
他の人たちは「え?」って感じだった
しぶしぶ?理解を「示してくれた」のは家族と少ない友人
でも「理解してくれている」とは違う
「わたしの味方はたった一人」という気持ちだった。
「そこまでしなくても」という言葉が大多数だった。
あの時失ったものは
・めちゃくちゃ楽しかった仕事
・これからもほぼ永遠に続くと思っていた友人関係
・気に入って揃えた家具や食器など全ての持ち物(ひとに上げた)
などなど
たくさんの「持って行きたいもの」「保ちたいもの」
を切り捨てても、
「これが出来ないなら死んでも良い・・・というか多分死ぬ」
と思うプライオリティのため
一番優先しなきゃいけないもののため、その他は全てを諦めた
大切なものを失う時、手足の先が冷えるような、手足の先が消えていくような、心もとなさを感じた
でも、地面から這い上がって来て脳にまで到達するような
「これをやらねば生きてる価値がない」
という気持ちに喪失感は勝てなかった。
たくさんの人とリアルでもNET上でもつながっていたし
親戚のように仲が良く、一生涯付き合うんじゃないか?と思っていたママ友たちとも離れた。
「変わりゆく私」に付き合えない人たちとの友人関係は、終わった。
例えそれが親戚でも。
ものすごい断捨離だった、と思う。
それでもあの時
「理解を示してくれた」ひとたち
とは今もつながっている
「知り合いや友達が一人も居ない土地なんて」
とも言われたけど・・・
移り住んだ場所でも友人は出来る
でもまた別の決断をすると疎遠になる友人の方が多く、それでもつながる人はまたまたほんの数人だが居る
その人たちの共通点は一緒に居る時から、
「アンタはそういう人だから」
と、自分とわたしを切り離してみることが出来、私が何を目指していようと気にせずつながっていられる人たち
同じ空間で同じことをしてないと、友情関係や人間関係を保てない人は一定数居る
友人がどんどん変わって行くと、置いてけぼりを食らった気がして
「もう付き合えない」
と思う人は居る
それはそれで仕方があるまい
相手の決断は相手のもの
わたしが「どうこう」するものでも、考えるものでもない。
全員に
「理解してほしい」とか「いつまでも同じ関係を保ちたい」
と望むことこそが、非現実的だ
だからこそ「今の関係」を大切にするのだ
明日には失ってしまうかもしれないから
永遠は存在しない、と思っているから
自由に生きると、失うものはあるが
「そんなアナタが好き」
と言ってくれる人は、必ずや存在する
自分の考えや意見ははっきり口に出し
これほど自由に生きても
ひとりぼっちにはなってない
だから大丈夫
大丈夫、わたしは運が良い