~⑧からのつづき~
安西先生の説明通りその日の夕食の少し前に精神科から処方された内服薬が届きました。
薬剤師さんが丁寧に説明をしてくださいました。
「お薬について、何か質問はないですか?」
優しく聞いてくださったその質問に、言葉がつまり何も答えることができませんでした。
(聞きたいことは、たくさんあります!いや、違う…。こんなにも痛むのに、ほかにもたくさんの症状があるのに。妄想って。納得できないんです!)
心の中で叫んでも、どうしても声に出すことができませんでした。
わたしが、なにを伝えてもムダなんだ。
わたしの感じる症状すべてが『妄想』それで終わる。
どんなに伝えても伝わらない…。
つかもうとすればするほど、遠くに離れていってしまう無力感。
わたしは理解してもらうことをあきらめて、静かに希望を捨てました。
なにも伝えず、なにも求めず。
壊れたままのわたしでも、家族さえ受け入れてくれるのならば、それでいい。
決心したわたしは納得できないままその薬を飲むことにしました。
しかし、その薬はわたしになんの変化ももたらしませんでした。
薬を飲むことでさらに具合が悪くなると思っていたのですが、まったく何の変化もないのです。
もちろん、良い効果もありませんでした。
いつもの時間に病室を訪れた安西先生は、
「松本さん、昨夜は眠れましたか?」
「いいえ、まったく眠れませんでした。」
「もう少し様子を見ましょうね。」
数日たっても良くなることはなく、相変わらず痛む関節や筋肉は増えていきました。
さらにツラかったのは目と口の渇きが日を追うごとにひどくなっているのです。
瞬きをするたびに、まぶたで眼球がこすれるのです。
つねに水を口に含まないと、口の中の違和感がひどくありました。
安西先生にお願いして眼科の診察を受けることができました。
シルマーテストという涙の量を測る検査です。
その時の検査結果は、右目0ミリ 左目1ミリ。
たしか、正常値は10ミリです。
「あぁ、松本さんはシェーグレンの方なんですね?涙はほとんどでていないですね。」
眼科の先生の言葉に、捨てていた希望をもう一度たくしてみました。
「あの、担当の先生からはうつ病による妄想だと言われていて、内科の病気はないと言われています。」
「え?…。それは…。うーん。」
検査結果や依頼書を読み直してくださいました。
「今日の結果もふくめて病棟の先生にお返事を書いておきますね。」
きっと、眼科の先生はそう言うのが精一杯だったのだと思います。
病室にもどる途中の廊下で安西先生とお会いしました。
「眼科で診てもらいました。シェーグレンだと言われました。」
思いきってそうお伝えすると、明らかに表情が変わったのが見えました。
「誰が言ったんですか?眼科ですか?お返事を読んでからお部屋に行きますから。」
10分もしないうちに安西先生は病室に来られました。
「松本さん、ご説明した通りあなたに内科の病気はありませんから。」
なぜ、こうも”うつ病による妄想”としたいのだろう…。
林先生と相談して決めたからだろうか。
血液検査の項目のうちいくつかは、明らかに異常値だった。
血液の混じった痰はまだ続いている。
涙はほとんど出ていない。
安西先生の言葉は、それらすべてを拒絶しているようにみえました。
もう、何をしても変わらない。
言いようのない無力感に、再びわたしは希望を捨てて心を閉ざしました。
~⑩へつづく~