幸せと不幸せの定義。

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ヒトは幸せを追い求めます。

幸せとは、一般的には物質的に豊かである事、
精神的に満たされていることなどが挙げられます。
今回はそういった幸せと不幸せの定義をお話しましょう。

幸せと不幸せの定義。

ヒトにとって幸せや不幸せというのは、
基本的に自信の身の回りで起きた事から
定義されてゆきます。

外的要因から幸せや不幸せの定義を学ぶこともありますが、
基本的にはそれらを見てどう定義するかは個体差が大きいです。
そして、外的要因からの幸不幸の尺度は
正直あてになりません。

なにせ、その尺度自体が他のモノの尺度でしかないからです。

他のモノにこう言われているから不幸。
他のモノがこう言っているから不幸だとするならば、
極貧食生活を自ら選んでお役目と修行をこなしている
私は他のモノから視れば、とても不幸な存在です。

ですが、私自身はそうではありません。
少なくとも私は他のモノから見て不幸かもしれませんが。
私自身は別段不幸でもなんでもなく、
何だったら神様たちの存在を知ってからは
幸せや不幸を意識したこともありません。

ただ、これまでの過程があって、
歩んだ道が今の私にとって必要なことだったと
間違いなく言えるのは確かですし。
それらを含めて視ても幸せだったと私は言えます。

もちろん、良いことばかりではありませんでしたが、
悪いことばかりでもありませんでした。
私がヒトのある側面は嫌いですが、
ある側面は好きですよと、言うのと同じ様なモノです。

結局のところ、幸せの定義は自身にしかわかりません。

なので、本来は幸せや不幸せの定義というモノは、
他のモノの言霊に左右されて行うものではなく。
自身の身の回りのことを視て、自身で定義するモノなのです。

仮に、その間で迷うことがあるならば、
私達のようなモノに助けを求めるのもよいでしょう。
逆い言えば、行く先がわかっていて、
今が幸せであると言えるのならば、
私達や他のモノの言霊で幸不幸を定義する必要はありません。

ただまっすぐに、貴方様が胸を張って歩める道を、
堂々と歩んでゆけばよいのです。
これが私の幸せです!と、力強く確信を持って
伝えられればよいのです。

何を持ってして事やモノを定義するのは、
自身であることを忘れないようにして、
貴方様が強く歩めることを、私は祈っています。

さて、今回のお話はこのあたりとしましょう。

今回のお話から、貴方様がナニカを学ぶことがあれば
幸いに思います。
そして、これからも貴方様のゆく道が良いモノであり、
幸せでありますように、祈らせていただきます。

では、またナニカ感じた時にお会いしましょう。🐺🐉⛩️🦊☀️

2024年9月1日神格絵巻・真打ち.jpg

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