12月の半ばに行われた、第4回目の調停。
別居した妻は調停に出てこなかった。
おそらく自分がついていた「嘘」がバレたから。
僕の弁護士が妻の戸籍謄本を取り寄せて
発覚した、妻の嘘の数々・・・。
4回目の調停前までは、離婚については
考え中、検討中と言っていたのですが
妻側の弁護士から離婚には同意すると。
お互いに調停を掛けているので、
離婚するにも家庭裁判所での離婚同意書が
必要なのです。
調停に出てこないので、同意書が書けずに
4回目の調停が終わりました。
新年を迎えて1週間ほど経ったある日の夜、
突然妻から電話があったのです。
ちょうど疲れて横になっていた僕は
妻の番号を見て驚きを隠せませんでした。
調停委員に妻側の弁護士を通して、
連絡しないようにと、伝えていたからです。
お互いに代理人を立てている以上、
夫婦であっても通常は連絡してはいけないと
僕の担当弁護士にも言われていました。
調停委員も同様です。
別居後、何度もメールがきていたのですが
1度だけ返信したことはありました。
別居した後、1回だけ。その後は一切
メールや電話一本も掛けたことはありません。
突然の妻からの電話に驚きと戸惑いを隠せなかったです。
2度くらい掛かってきた電話には出ずに
そのままにしていると、メールがきたのです。
メールの内容は、僕にたいする誹謗中傷でした。
次の調停で離婚届けを持ってこい!みたいな
内容のメールでした。
多くの嘘がバレても、謝るどころか文句を言ってくる。
人格障害者は、被害者ヅラをするし周りの人は
騙されることが多いと思います。
一見、親切で良い人に思われることのほうが多い。
人当たりも良いし、話も上手なのです。
嘘をつくのも平気だし、相手をコントロールしようと
するんですよね。 自分の思った通りに出来ないとなると
逆ギレするんです。
こんな人と話し合いになるはずもなく、
たくさん喧嘩して、僕の心はボロボロになりました。
妻側からの電話とメールについて、すぐに
僕の担当弁護士に連絡。
内容を知らせました。
次回の調停で離婚届けを用意することで
話はまとまりました。
異常とも言える妻の行動・・・。
ボロボロになった心がえぐられる感覚でした。
新しい年が明け、離婚というゴールが見え始めたころの
出来事です。
この後、第5回目の調停が行われる11日前のことです。
人格障害者は意外と近くにいるのです。
話によると、日本人の6人に1人とも言われています。
原因の多くは、幼いころに親からの愛情を受けていないか
虐待を受けた子どもが大人になって出てくるのだそう。
人は誰もが自己愛を持っているのですが、
その異常ぶりは経験した人にしか分からないです。
自己愛の特徴を何点か書いておきますね。
①外見や美への異常な執着
②陰口やウワサ話を広める
③巧妙に他人を孤立させる
④涙を武器にする
⑤自分が特別だと思い込み、他人への共感が乏しい
⑥特定のターゲットへの依存と執着
⑦過剰な承認欲求と傷つきやすさ
⑧0か100思考
⑨自分を守るために巧妙に嘘をつく
⑩極端に攻撃的になる場合がある
この特徴に当てはまる人はいわゆる、
「自己愛パーソナル障害」です。
男性と女性とでは多少違いますが、根本的には
同じだと思います。
要因(原因)としては、
1,生まれもった特徴
2,幼少期の愛着形成不足
3,トラウマ体験
僕が経験した妻の場合は、2と3だと思います。
妻が僕に言っていた話だと、親から虐待に近いことを
されていたと言ってました。
詳しい話は言ってくれませんでしたが
幼いころ両親が喧嘩すると自分のランドセルを
外に放り投げられたと言ってました。
実の母親から受けていたと聞きました。
親からの愛情が足りなかったとは思います。
ある意味、可哀想な人でもありますね。
僕が代理人である弁護士を探して
今の弁護士さんに巡り会い、僕の気持ちと
離婚について話した時に思っていたことがありました。
確かに酷い目にたくさん合いましたが、
彼女を救ってあげたいと思う気持ちもあったのです。
担当の弁護士さんには、自分の思う気持ちを伝えていました。
助けてあげたい気持ちもあるけど、もう無理だと。
嘘をつかれ、お金を取られ、借金を背負い、
たくさんの喧嘩や苦悩をしました。
別居も妻が勝手に出て行き、その後家庭裁判所での争い。
僕が悪い訳でもないのに、生活費を要求される。
しまいに「別居婚」と言い出す始末でした。
お互い、別々に生活して週末にお互いの家を
行き来すれば良いとも言ってましたね。
調停も妻が始めたことでした。
僕は離婚するしかないと思っていましたが、
まさか家裁に掛けるとまで思ってなかった。
俗に言う話し合いでの離婚「協議離婚」をするつもりでした。
妻が家裁に掛けたので、僕の「離婚調停」と掛けたのです。
2度目の調停時に、調停委員から妻側が代理人を
立てると聞いたので、仕方なく僕も立てたのです。
なかなか弁護士も見つからずに、途方にくれ
やっと巡り逢えたのですが、見つかるまで
何人とも弁護士と会って話しました。
別居したのが夏が始まる前の6月の半ばを過ぎた頃。
半年が過ぎて、ようやく「離婚」の目途が立ちました。
僕の生きてきた人生の中で、こんなにも毎日が
辛く、悲しく、寂しく、長く感じたことはありませんでした。
仕事をしていても、考える事は妻との離婚のことばかり。
答えの見えない暗闇に突き落とされた感じでした。
たくさんの辛い経験をしてきましたが、
中でも一番辛かった時期でしたね。
人と人との出会いは、偶然はなく必然だと
思っています。 出会うべきして出会ったと
思うのですが、なぜこんな経験しなくてはならないのか?!
シンパパとして子どもを育て上げ、妻との再婚で
幸せになれると思っていたのですが。
人生、山あり谷ありとは言いますが谷のほうが多いです。
次回のブログは、「第5回調停」となります。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
では、今日はこのへんで・・・
タカ3@