「教育史点描~最後に残るのは「教育」である~②」

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学び
(1)「現代教育」の原点は「ギリシャ・ローマ」にある

②ギリシャの「パイデイアー」(教養・人間教育)とローマの「フーマーニタース」(人間性)

プラトンのアカデメイア~プラトンが開いた教育機関で、紀元前387年頃~529年の約900年間続きました。入口に「幾何学を知らざる者はこの門を入るべからず」と書かれてあったことで知られています。「アカデミー」の語源でもあり、数多くの単科大学、総合大学がこのアカデメイアを模範として創設されました。アカデメイアに20年学んだアリストテレスも、アレクサンドロス大王の家庭教師を務めた後、アテナイに戻ってリュケイオンで「講義」を行いました。リュケイオンも英語の「レクチャー」やフランスの後期中等教育機関「リセ」の語源となっています。

イソクラテスの修辞学校~イソクラテスはプラトンの同時代人で9歳年長、やはりソクラテスの強い影響を受けています。アカデメイアに数年先立って修辞学校を創設し、プラトンと共に「教育」の2大潮流をなしました。

西洋思想における「ロゴス」の二重性~「ロゴス」の二重性とは「論理」と「言葉」の2つを指します。プラトンのアカデメイアとイソクラテスの修辞学校は、それぞれに対応していると見ることができます。ちなみにイギリスやフランスでは「言葉」の教育が重視され、いわゆる「幼児語」がほとんど使われません。

パイデイアー(教養・人間教育)~「トロペー」(養育や職業的専門教育)とは区別される概念です。この理念が組織的に用いられるようになるのはプラトンとイソクラテスからであり、この2人以前にも悲劇詩人アイスキュロス、歴史家トゥキュディデス、哲学者デモクリトス、喜劇詩人アリストファネスらが1~2回ずつ教育に言及していますが、いずれも「トロペー」(子供の養育・しつけ)の域を出るものではありません。
 ところが、プラトンに至って、「パイデイア」は「人間としての善=徳(アレテー)を目指しての教育」として語られ、この「人間としての徳(アレテー)を持つ」ことは「魂をすぐれた善いものにすること」としてとらえられています。ソクラテス・プラトンは「魂の世話」と言い、イソクラテスは「魂への配慮」と言っています。さらに、「徳」(アレテー)が「完全な市民になること」とも説明されていることから、人間にとって「一般的(general)」「普遍的(universal)」であることは、ギリシャ人にとっては「政治的(political)」でもあるという特色が如実です。

「人間は政治的動物である(人間はポリスにおいて初めて本性を完成させる動物である)。」
(アリストテレス『政治学』)

一般教養・普遍的教育~「パイデイアー」(人間教育)は「一般的」「普遍的」であることから、「一般教養」「普遍的教育」とも言うことができます。この点、現代日本の大学教育における「一般教養」は「専門教育」の予備段階ぐらいにしか扱われておらず、むしろアメリカのいわゆる一流大学が4年間の学部教育を「一般教養教育」(リベラル・エデュケーション)に費やしていることの方が、プラトンの伝統を引きつぐものだと言えます。ロー・スクール、ビジネス・スクール、アカウンティング・スクール、メディカル・スクールなどは一般教養教育終了後の大学院における「専門教育」です。

ピロソピアー(愛知)~「フィロソフィー」の語源で、「パイデイアー」(教養・教育)のための方法的手段とされます。これもプラトン・イソクラテスによって確立された概念で、それ以前には歴史家ヘロドトスや哲学者ヘラクライトス、そして医学者ヒポクラテスがわずかに1回ずつ用いているにすぎません。ただ、プラトン的ピロソピアーの伝統(数学的・哲学的内実)と、イソクラテス的ピロソピアーの伝統(修辞学的・文学的内実)という2つの流れがあったことに注意しなければなりません。

スパルタの教育~今日でも「スパルタ教育」という言葉が残っていますが、それは元々兵役準備の性格を持った勤倹・尚武を目指す教育でした。 男子も女子も身体的訓練に特権的位置が与えられ、教育プログラムの中核は競争・レスリング・円盤投げ・槍投げ・耐久訓練・公民教育でした。紀元前5世紀にペルシア戦争を経てからは僣主政治は警察化し、軍事訓練のみ存続されるという有様で、そこでは知的教育は最低順位に位置づけられ、読み・書きの簡単な練習だけでした。子供は7歳で国の所有となり、12歳から20歳まで忍耐・服従・計略といった軍事的目標のための集団的教育が施されたのです。現代の先鋭的な共産主義・全体主義国家での教育が想起されるところでしょう。

アテナイの教育~教養あるギリシャ人にとっては、ホメロスの叙事詩は人生のあり方や生活の知恵を教えてくれる教科書でしたが、紀元前7世紀以来のホメロスの叙事詩による教育の伝統を引き継いで、専門化した教師達による制度化された教育が行われていました。これは商工業の発達、富の蓄積、富裕な商工階級の出現を背景としており、読み・書き・計算(3Rs=reading, writing, arithmetic)が基礎的プログラムの全てを形作っていました。一般的にはそれらを7~13歳のうちに身に付け、さらに「ギムナシオン」(国立訓練場)に通いながら徒弟訓練へと入っていきますが、ギムナシオンは、ドイツの中等教育機関たる「ギムナジウム」やボクシング・レスリングなどの練習場「ジム」の語源となっています。かくして、貴族の子弟達には体育(競争)と音楽を重視したエリート教育が施され、音楽は「女神ミューズの領分」として、唱歌・詩・舞踏を含んでいました。
 このようなアテナイの学校組織は紀元前6~5世紀に基本的構造が確立されたとされ、それは賢人ソロンに負うているとされています。やがて、紀元前5世紀にソフィストのおかげで中等・高等レベルの教育が確立されていくのですが、そうした土壌の中でソクラテス・プラトン・アリストテレスといった古代ギリシャ哲学の最高峰が誕生してくるのです。

ローマの「フーマーニタース」(人間性)~ギリシャの「パイデイアー」は、優れた学芸によって教化され、洗練されることを指す、ローマの「フーマーニタース」の伝統に引き継がれます。
→「自由学芸」(自由七科、七自由科)=「三学」(文法、修辞学、弁証法・論理学~イソクラテス的伝統)+「四科」(幾何、算術、音楽、天文学~プラトン的伝統)が中等学校の教科として確立します。これは東ゴート族テオドリックの宮廷において活躍し、ギリシア文化のイタリア土着化も推進したカッシオドルス(487~583頃)によります。カッシオドルスは540年頃、南イタリアに図書館を付置した修道院を設立し、文献の収集・翻訳、写本の製作や修道士教育を進め、中世修道院の学問活動の模範となりますが、その著書『聖学ならびに世俗的諸学綱要』第2部における「自由学芸」の構成が自由七科として定着し、聖書研究にも多大の影響を及ぼしました。
→「一般教養」(リベラル・アーツ)が12世紀以降に大学の人文学部で用いられるようになりました。

「我々は人間と呼ばれている。だが、我々のうち、人間性にふさわしい学芸によって教養を身に付けた人々だけが人間なのだ。」
(キケロ)

「繰り返して言えば、一般教養教育の危機は学問のさまざまな頂きの危機を反映している。またそれは、世界を解釈するのに用いられるさまざまな第一原理が不整合をきたし、たがいに両立しえないという事実―知性の最大規模の危機(これが現代の文明の危機をなす)―を反映している。しかし、おそらくこう言うほうが真実なのかもしれない。危機はこのような不整合にあるのではなく、むしろわれわれが危機を論じることができず、認識さえできない点にある、と。一般教養教育が自然と自然における人間の地位に関する統一された見解―を議論する道を用意したとき、一般教養教育は栄えた。一般教養教育を修めた後には、たださまざまな専門科目だけしかなかったとき、一般教養教育は衰えた(それら専門科目の前提は、どんな一般的なヴィジョンにも到達しない)。最高の知性とは一面的な知性である。すべてを概観することなどに意味はない。」
(アラン・ブルーム『アメリカン・マインドの終焉』)

【ポイント】
①「教育」とは「人間観」に直結し、国家的・政治的・社会的要請と密接に関係がある。
②「教育」とは本来、「人間的完成」「人格陶冶」を目的とした「教養教育」であった。
③西洋的「教育」の伝統には「ロゴスの二重性」に対応する「言葉」的要素と「論理」的要素がある。

【参考文献】
『精神史としての哲学史』(角田幸彦編、東信堂)
『イラスト西洋哲学史』(小阪修平、JICC出版局)
『概説西洋哲学史』(峰島旭雄編著、ミネルヴァ書房)
『ギリシア人ローマ人のことば 愛・希望・運命』(中務哲郎・大西英文、岩波ジュニア新書)
『世界の故事・名言・ことわざ 総解説』(自由国民社)
『ギリシア人の教育―教養とはなにか-』(廣川洋一、岩波新書)
『ことばを鍛えるイギリスの学校 国語教育で何ができるか』(山本麻子、岩波書店)
『アメリカン・マインドの終焉』(アラン・ブルーム、みすず書房)
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