「よく分かる宇宙論の歴史~人類最大のロマンは宇宙の「根源」にある~⑭」

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(5)「人間」の存在が「宇宙」創成の前提なのか?:人間学

②「認識論」と「存在論」が攻めしのぎ合う場

「認識」が「存在」を生み、「存在」が「認識」を生む~「有りて有る」から「有る」「分かる」へ。
 「認識論」の議論の例としてしばしば挙げられるものに、カントによる「合理主義」と「経験論」の統合があります。デカルト、スピノザ、ライプニッツなどに代表される大陸合理主義者は、人間の思考には経験内容から独立した概念が用いられていると考えました。
 ロック、ヒュームなどに代表されるイギリス経験論者は、経験に先立って何かの概念が存在することはなく、人間は「白紙状態」(タブラ・ラサ)として生まれてくるものと考えました。この立場からは、全ての知識や概念は人間が経験を通じて形成するものだということになります。数学の定理は、こうした経験論の立場に立つ者にとっては少し厄介な問題を引き起こします。定理の真偽は人間の経験に依存せず、経験論の立場に対する反証となります。経験論者の典型的な議論は、このような定理はそもそもそれに対応する認識内容を欠いており、単に諸概念の間の関係を扱っているだけだというものですが、合理主義者は、定理にもそれに対応する認識内容の一種があると考えます。
 カントはこのような二派の対立を決着したとする見方が今日広く受け入れられており、例えば「因果関係」「時間」「空間」など限られた少数の概念は人間の思考にあらかじめ備わったものであるとしました(「先天的形式」)。カントによれば、そうした概念を用いつつ、経験を通じて与えられた認識内容を処理して更に概念や知識を獲得していくのが人間の思考のあり方だということになります。また、カントは、人間は物自体を知り得ず、ただ事物が自分の思惟に与えてくる内容だけを知ることができると考えたことでも知られています。

カント~『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』。批判哲学の立場から理性を検討し、主観の働きにより対象が構成されるという認識論を展開して、ロックやヒュームなどのイギリス経験論とデカルトを祖とする合理論を総合しました。また、理性を理論理性と実践理性に分け、理論理性の領域は経験できるものに限られ、それを超えたものは実践理性が明らかにする領域だと考えて、理性の限界を明らかにしました。

『純粋理性批判』~人間の認識能力(理論理性)の限界を検討しています。概念を形成する悟性は、感性より得た直感的な印象に思考の枠組みを当てはめて対象を構成するとしました。そして、こうした感性と悟性の協働によって認識が成立しますが、事物そのものである「物自体」は認識できないとしました。

感性~認識の素材を受け取る能力です。時間・空間という形式を持ち、感覚を受容します。

悟性(understanding)~素材を整理し、秩序づける能力です。また、感性と悟性をつなぐものをカントは構想力と呼びました。

物自体~現象の背後にある、物そのものを指します。

『実践理性批判』~人間の道徳能力(実践理性)の限界を検討しています。経験を超える事柄(神、霊魂の不滅など)については理論理性では判断できませんが、実践理性が関わる領域であるとしました。自然界を貫く自然法則と同様に普遍性を持つものとして、人間の行為の世界における道徳法則を追求しました。

『判断力批判』~反省的判断力について検討しています。自然美や芸術などの美的対象を考察の対象として取り上げ、それらに関わる想像力(構想力)の自由な働きや自然の合目的性を判断する能力を分析しました。

「内容なき思考は空虚であり、概念なき直観は盲目である。」(『純粋理性批判』)

「私の上なる星空と、私の内なる道徳法則」(『実践理性批判』)~「繰り返し長く考えれば考えるほど、常に新たな感嘆と崇敬をもって心を満たすもの」として挙げられたもので、『実践理性批判』の結びの言葉。カントの墓碑銘にもなっています。

コペルニクス的転回~カントが従来の「認識が対象に従う」という理解の仕方を「対象が認識に従う」と180度転換したことを言います。

【参考文献】
『宇宙には意志がある ついに現代物理学は、ここまで解明した』(桜井邦朋、クレスト選書)
『宇宙は自ら進化した ダーウィンから量子重力理論まで』(リー・スモーリン、NHK出版)
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