キャンパスライフ充実編⑭:日記をつけ、詩を書いてみましょう。

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学び
 「自己との対話」は自己の成長にとって不可欠の要素です。そのために最も有益なツールが「日記」です。といっても毎日こまめにつけるものではなく、何か思いついた時、いいものに触れた時、それを何でも書き留めておくような「雑記帳」がベストです。これは書くことに意味があるのではなく、その中身に意味があるからです(アーティスト系の人の中には「ネタ帳」と呼んでいる人もいますが、ここではもっと幅広い意味で使っています)。時には「詩」(最も手軽で、誰にでもできる芸術の1つです。人は誰でも「小さな詩人さん」なのです)を書いてみるのもよいでしょう。
 人が成長していく上でどうしても克服しなければならない課題の1つとして、「孤独」があります。「自己との対話」を持たない人は周囲の人を頼るしかなく、常に人と話していないと落ち着かなくなってしまいます。時には自分と向かい合い、「自分は何がしたいのか、何を悩んでいるのか、どうすればいいのか」と深く沈潜する必要があるのです。中には「自分は考えすぎてなかなか踏み出せない」という人がいますが、これは逆に考え足りないのです。考えているといっても、同じ所を堂々めぐりしているばかりで、「あらゆる角度から考え抜いて、どう考えてみてもこれ以外の結論が出ない」という所まで到達していないのです。本当に考え抜いてここまで到達した人であれば、もう考えません。考えてもムダだからです。後は行動あるのみで、その中で新たな情報、知識、経験が生じてくれば、考えも変わってきますが、それまでは「現時点でのベストの答え」を出しているのですから、考えるだけ時間のムダになります。
 ところが、これを頭の中だけでやろうとすると、よほど頭のいい人でない限り挫折します(実は祈りや座禅はこれをやろうとしているのです。いわゆる「無念無想」は「雑念雑想」を経て到達します。何度も何度も考え、反芻していると、2時間も3時間もとりとめもなく考えていたことが2~3分で通過するようになり、そのうち結論が定まると考えなくなるのです)。最も現実的な方法は「目で見て考える」「ビジュアルに考える」ということで、ここで日記を駆使する意味が出てきます。特に優先順位もつけず、気の利いたことを書こうとも思わず、ひたすら思いつくままに書きなぐっていくと、だんだん書いている中で整理されてくるでしょう。時として2人称で自分に呼びかけているかもしれません。このようにして孤独を乗り越え、挫折を克服した経験を1度持てば、またそのような試練がやってきた時、「あの時、ああやって乗り越えられたんだから、今度も大丈夫だ」と自分に言い聞かせることができます。1度の体験も無ければ、ただの「空元気」になってしまいます(「大丈夫」という根拠が無いからです)。「希望」というのは現実的可能性が無い所には生まれないのです。
 ここで1つ、気をつけなければならないのは「自意識過剰」でしょう。「孤独」と対決した人であればあるほど、この問題は大きくなります。これは人間関係なくして克服できません。「自己との対話」と「豊かな人間関係」は車の両輪のごとく、どちらが欠けても目的地に行くことを妨げるのです。

【ポイント】
①日記は自分の「鏡」です。
 どんなに記憶力の優れた人でも、1週間前に考えたこと、思いついたことを覚えているものではありません。少しでも「これはいいな」と思ったことは、自分の考えであれ、何か目にしたものであれ、日記に書き留めておくのがよいでしょう。実際、1度考えたことについて語ったり、書いたりすることは容易ですが、考えたこともないようなテーマについて臨機応変に対処することは難しいものです。それが1年、2年と積み重なってくると、今度はそれを読み返す度に「ああ、こんなことを考えていたのか」と驚くこともあり、自分を正す「鏡」になることすら出てくるのです。こうした「鏡」、奥行き、幅を持っている人とそうでない人の差は、年月が経てば経つほどはっきりしてくるでしょう。

②自分と対話する時間が必要です。
 「忙しい人ほど時間を作るのがうまい」と言いますが、こういう人ほど必ず「自分に向き合う時間」「1人になって考えにふける時間」というものを確保しています。これは1日10分でも20分でもいいのですが、新たな発想・アイデアの源泉となる時間なのです。人によっては、「私は毎晩、作戦会議を開いている」(もちろん参加者は自分のみです)と言っている人もいます。

③最高の表現形態は「詩」であるとされます。
 「詩」は1つの言葉に多くの意味や世界が込められ、最高の表現形態とも呼ばれます。例えば、有名な王維の「鹿砦」などは文学形式としても洗練されていますが、しばしば吟唱されて音楽になり、さらにイメージが目に浮かぶような絵画的要素もあることから、「総合芸術」とも言えるでしょう。しかし、必ずしもそうした「詩」を生み出す必要があるのではなく、いいものに触れれば日記に記して自分のストックにしておけばよいのです。
 実は人間の魂は激しい絶望やどん底(いわゆる「実存的危機」)に陥ると、感性が鋭敏になり、書けば全て「詩」になるという状況すら生まれます。ところが、一転して幸福感に満たされてくると、「詩」が1つも出てこなくなります。やはり、「詩」は単なる言葉遊びなのではなく、「魂の叫び」なのでしょう。したがって、表現上の巧拙はともかく、誰もが「小さな詩人さん」になり得るのです。

④「死」を直視した時から「生」が始まります。
 日頃、普通に生きている時には、「自分がいつかは死ななければならない存在である」となかなか実感できないものですが、実は「死」を自覚し、直視した時から本当の「生」が始まると言っても過言ではありません(中世ヨーロッパの修道院では「memento mori<メメント・モリ、死を想え>」とこれを表現し、常に自らを戒めていました)。それは身近な人の死かもしれませんし、自分が危うい状況に陥った時かもしれません。そうした時、日記は心強い味方になってくれるでしょう。思わず、詩も生まれてくるかもしれません。ちなみに愛する女性の「死」に直面した2人の人の詩を取り上げてみましょう。

<永訣の朝 宮沢賢治>
きょうのうちに
とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)(1)      
うすあかくいっそう陰惨(いんざん)な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜(じゅんさい)のもようのついた
これらふたつのかけた陶椀(とうわん)に
おまえがたべるあめゆきをとろうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのように
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛(そうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといういまごろになって
わたくしをいっしょうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまえはわたくしにたのんだのだ
ありがとうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあいだから
おまえはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまっている
わたくしはそのうえにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系(にそうけい)をたもち
すきとおるつめたい雫(しずく)にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていこう
わたしたちがいっしょにそだってきたあいだ
みなれたちゃわんのこの藍(あい)のもようにも
もうきょうおまえはわかれてしまう
(Ora Ora de shitori egumo)(2)           
ほんとうにきょうおまえはわかれてしまう
あああのとざされた病室の
くらいびょうぶやかやのなかに
やさしくあおじろく燃えている
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらぼうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて(3)             
    こんどはこたにわりゃのごとばがりで       
    くるしまなぁよにうまれでくる)         
おまえがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが兜卒(とそつ)の天の食に変って
やがてはおまえとみんなとに
聖(きよ)い資糧をもたらすことを
わたくしのすべてのさいわいをかけてねがう
(1)あめゆきとってきてください
(2)あたしはあたしでひとりいきます
(3)またひとにうまれてくるときは
   こんなにじぶんのことばかりで
   くるしまないようにうまれてきます

<高村光太郎 レモン哀歌>
そんなにもあなたはレモンを待ってゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
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