教養としての近代日本思想②:キリスト教思想

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3大バンド:日本のプロテスタントの源流となった3つの集団。熊本洋学校出身の海老名弾正(えびなだんじょう)・徳富蘇峰らによる熊本バンドは国家主義的な特徴を持ち、後に同志社英学校に移ります。横浜のアメリカ人宣教師ヘボン、バラ、ブラウンらの影響を受けた植村正久らによる横浜バンドは福音主義的な特徴を持ちます。札幌農学校出身の新渡戸稲造(にとべいなぞう)・内村鑑三らによる札幌バンドは独立主義的な特徴を持ちます。

新島襄:幕末に脱藩して渡米し、欧米の近代文明の根底にはキリスト教道徳があるという洞察のもと、キリスト教に入信します。帰国後、京都に同志社英学校を創立しました。もっぱら知識のみに頼った教育に危惧を抱き、キリスト教道徳に基づく良心教育を重んじました。弟子にキリスト教社会主義の安倍磯雄、救世軍により日本の社会福祉の草分けとなった山室軍平、カント哲学の大西祝(はじめ)らがいます。

新渡戸稲造:『武士道』。アメリカ・ドイツで経済学・農政学を学び、後には国際連盟事務次長も務めました。青年時代から「太平洋の架け橋とならん」という意識を持ち、日本の文化を諸外国に紹介するために英文で『武士道』を著し、西洋文明の精神的基盤であるキリスト教を日本人が受け容れる倫理的な素地として武士道があると述べました。米大統領セオドア・ルーズヴェルトは『武士道』を愛読しており、日露戦争の調停役を果たすほど、親日的な人物でした。

武士道(Chivalry、シヴァリー):武士の掟、武人階級の身分に伴う義務(ノブレース・オブリージュ)。

内村鑑三:日本の代表的キリスト者、『代表的日本人』『How I Became a Christian(余は如何にして基督信徒になりし乎)』。日露戦争に対しては、真の愛国心とは武器を戦うことではないと主張し、非戦論の立場を取りました。
無教会主義:一人一人が独立した個人として神の前に立ち、聖書そのものに拠ることで、信仰がその人の心の内に与えられるとする、教会の教義や組織や儀式にとらわれない立場。内村は社会改良運動など様々な事業に参加する一方、日露開戦に際しては非戦論を唱えるなど、信仰に基づいて積極的に社会に関わり続けました。

二つのJ:イエス(Jesus)と日本(Japan)。内村鑑三は、イエスを信ずることと日本を愛することは矛盾しないと述べました。
「武士道の上に接木(つぎき)されたるキリスト教」:内村は自らの文化的伝統である武士道精神がキリスト教受容の土台になると考えました。
「I for Japan; Japan for the World; The World for Christ; And All for God(自分は日本の為に 日本は世界の為に 世界はキリストの為に 凡ては神の為に)」

キリスト教社会主義:キリスト教人道主義から社会主義に向かった流れ。内村鑑三が信仰の内面化に向かったのに対し、幸徳秋水の下にいた安倍磯雄、木下尚江(なおえ)らはキリスト教を精神的社会主義ととらえ、物質的キリスト教と位置付けた社会主義に進みました。片山潜は日本共産党結成を指導し、コミンテルン幹部としてモスクワで没しており、姉崎正治のユニテリアン協会から鈴木文治(ぶんじ)の友愛会運動が生まれ、内村と共に日本を代表する二大クリスチャンと目される賀川豊彦(かがわとよひこ)は神戸貧民窟伝道から友愛会に参加しています。
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