教養としての日本儒教⑦:武士思想

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山本常朝:鍋島藩士。『葉隠(はがくれ)』。主君に対する絶対的忠誠とそれに根差した死の覚悟を説き、民に対する為政者としての自覚を求める士道(山鹿素行)とは異質の武士道を示しました。『葉隠』は戦前には軍人必読の書とされました。
「武士道というは、死ぬことと見つけたり」(『葉隠』冒頭文)。

士道:太平の世における新たな武士のあり方。山鹿素行は、武芸や主君への献身を重視する従来の武士道とは異なり、武士は政治担当者という自覚を持って高貴な人格を保ち、農工商の三民の師となって道を教え、天下に人倫の道を実現しなければならないとしました。

『武士道』:新渡戸稲造(にとべいなぞう)が日本人の精神的伝統として武士道を国際社会に紹介した英文著作。岡倉天心の『茶の本』、鈴木大拙の『日本的霊性』などの英文著作と共に、世界に日本を紹介する先駆的役割を果たしました。新渡戸は武士道をヨーロッパの騎士道やピューリタンの精神に匹敵する道徳原理としてとらえ、この武士道によってこそキリスト教の日本化が完成すると考えました。

広瀬淡窓:幕末最大の漢学塾咸宜園(かんぎえん)を天領のある豊後国日田に開き、その門人は高野長英や大村益次郎など約4800人に及びます。咸宜園には「三奪の法」があり、身分・出身・年齢などにとらわれず、全ての塾生が平等に学ぶことができ、幕末の志士達もここを訪ねて意見を戦わせていたようです。
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