教養としてのキリスト教④:教父とキリスト教神学

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アウグスティヌス:『告白』『神の国』。若い頃は肉体の欲望に苦悶し、マニ教(ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、仏教、グノーシス主義などの混交宗教)や新プラトン主義などの思想遍歴の後、母モニカの涙の祈りを背景にしてキリスト教に回心しました。キリスト教が教義や教会の権威を確立していく上で大きな役割を果たした古代キリスト教会最大の教父で、ローマ・カトリックからもプロテスタントからも尊敬されています。

『告白』:アウグスティヌスの自伝。10代から15年間、女性と同棲し、私生児を生み、「私は肉欲に支配され、荒れ狂い、全くその欲望のままになっていた」と回想しています。いろいろな思想遍歴を経て、ミラノの司教アンブロジウスおよび母モニカの影響によって、「取りて読め」という子どもの声をきっかけに、「主イエス・キリストを身にまとえ、肉欲を満たすことに心を向けてはならない」という聖書のローマ人への手紙(パウロ書簡)の一節を読んで回心したとされます。このアウグスティヌスの赤裸々な告白は、やはり肉欲に苦しみ、肉食妻帯に踏み切った親鸞の『歎異抄』と同様、日本人には大変人気があります。ただ、アウグスティヌスにとって、聖書の言葉を解釈することは神を理解する試みであり、罪深き自己を告白することは罪からの救いを可能とする神の恩寵を語ることでした。

『神の国』:ゴート族によるローマ陥落を機に噴出した異教徒によるキリスト教への非難に対し、天地創造以来の「神の国」(イエスが唱えた愛の共同体)と「地の国」(世俗世界)の2つの国の歴史による普遍史(救済史)を述べたもの。これを愛読して、ローマ帝国、キリスト教、ゲルマン文化の融合を実現し、「ヨーロッパの父」とも呼ばれたのがカール大帝でした。

教父:ローマ帝国の迫害やユダヤ教・ギリシア哲学などからの批判に対して、キリスト教の正当性を論証した護教家・弁証家。東方ギリシア教父としては、ユスティノス、エイレナイオス、アレクサンドリアのクレメンス、オリゲネスらがおり、西方ラテン教父としてはテルトゥリアヌス、ヒエロニムス、アンブロシウス、アウグスティヌスらがおります。

律法主義:律法(特に割礼)も共に守るべきだとする考え。これはパウロが「律法によらず、キリストを信ずる信仰により救われる」という信仰義認説を打ち出して反対します。

エビオン派:律法主義の一種。70年頃に現われ、イエスは初めからメシヤではなく、律法を守ることによってメシヤとなったと考えました。

グノーシス派:50年頃から起こったもので、「グノーシス」は古代ギリシア語で「認識・知識」を意味し、善悪二元論=霊肉二元論に立ち、霊は善で、物質は悪であるとする立場から、極めて禁欲的な傾向を持ちます

仮現論(ドケティズム):イエスは肉体を持たずに来たのであり、肉体を持っているように見えただけとするグノーシス派の考え方。地上のキリストは仮の身体をとって十字架についたが、そこで身体を捨てたのであるから、神の子キリストが死んだのではなく、人間イエスが死んだにすぎないとしたため、教会は信仰をより一層明確にする必要に迫られました。

モンタヌス運動:130年頃から起こった、聖霊と再臨を強調する終末観を中心とする霊的運動。モンタヌスは、キリストの天国はまもなくフルギアのペプサに建設されると主張しました。

ヘレニズムとヘブライズム:ヘレニズムにおいては、霊肉二元論がそのまま善悪二元論になるように平面的・世界的で、「言」=ロゴス(話、計算、考え)=理性であり、静態的性格、真理観照が特徴ですが、これに対してヘブライズムにおいては、罪人がキリストに出会う時、死から生へと新生するというように時間的、歴史的であり、「言」=ダーバール(後にあって前に追いやる、背後にあるものを前へ駆り立てる)=行為であり、動態的性格があって、真理を歴史の中に啓示する出来事として捉えようとします。こうしたヘレニズムとヘブライズムの違いがそのままギリシア教父とラテン教父にも反映していると言っても良いでしょう。

(1)ユスティノス:「護教教父」、パレスチナ。アレクサンドリアのフィロンはユダヤ教徒としてユダヤ教思想に「ロゴス」を取り入れ、「神はロゴスを通して自らを表す」と唱えましたが、ユスティノスは「ロゴス」をキリスト教思想に取り入れ、イエス・キリストこそが完全なロゴスであると考え、キリスト教徒として初めてギリシア思想とキリスト教思想を融合しようとしました。
キリスト教=真の哲学、安全・有益な哲学:プラトン哲学によってキリスト教を哲学的に基礎づけ、キリスト教をヘレニズム化する試み。
キリスト=神のロゴスの人間化、完全な表現:メシヤ概念→ロゴス概念、ロゴスの受肉。
種子的ロゴス説(ストア派):人間の内にロゴスが種子として宿っているという考え。

(2)エイレナイオス:小アジア。パレスチナ派グノーシス説を批判し、三位一体論の代表者としてカトリック教会の伝統的教義の基礎を固めます。
無からの創造:神の唯一性、救済史における神の発展的自己開示
歴史:創造、堕落、救済、完成を通して神の目的を完成すると考えます。
古典的贖罪論:再復説、要約説→オリゲネス、アタナシウス、アウグスティヌス、グレゴリウスⅠ世らに影響
キリスト=第二アダム
生涯=全人類の歴史を要約的に再演するもの
使命=神が最初にアダムにおいて計画していたことを完成
贖罪=アダムが本来なすべきことをキリストが根本的にやり直すことによって成されるとします。

(3)アレクサンドリアのクレメンス:ギリシア哲学と文学がキリスト教へ人々を導くために存在したと考え、特にロゴス=キリストであるとした「ロゴス・キリスト論」は、ギリシア思想とキリスト教神学を結びつけ、以降のキリスト教神学の発展に大きな貢献をするものとなりました。クレメンスはオリゲネスと共にアレクサンドリア学派を代表するギリシア教父であり、エウセビオスの『教会史』によれば「オリゲネスもクレメンスに学んだ」としています。
キリスト教と哲学の総合:キリスト教を理解するためにギリシア哲学が必要であるとしました。
キリスト教の予備教育:律法→ヘブライ人、哲学→ギリシア人

(4)オリゲネス:アレクサンドリア、『諸原理について(原理論)』。キリスト教グノーシスを神学体系にまで発展させ、キリスト教の教義学を初めて確立して、その後の西欧思想史に大きな影響を与えたとされます。新プラトン主義(ネオプラトニズム)の影響を強く受け、プラトンの『ティマイオス』と『旧約聖書』「創世記」の世界創造の記述を融合しようとし、聖書の記述を字義通りでなく、比喩として解釈する比喩的聖書解釈の手法を導入しました。
創造論:理性的被造物(霊、精神)の創造→堕落→物質世界創造。⇔プロティノス:流出説
物質世界:堕落した精神の修練の場
賠償説:身代金(賠償金=イエス)→サタンに支払われたとします。
従属説:神の唯一性を強調して、位格間の区別を明確化し、子は父と本質において同質であるとして三位格を統一しつつ、人となったのは父そのものだから、父が十字架に付けられたこになるという天父受苦説にならないため、子は父に従属するとして、救済史的三位一体論から神性の内在的三位一体論に発展させました。

(5)テルトゥリアヌス:キリスト論、三位一体論を系統的に論じた最初の人物。「不条理(不合理)なるが故に我信ず」という文言で知られます。唯一神論の立場に立つモナルキア主義やキリスト仮現説(ドケティズム)の立場に立つグノーシス主義を批判しました。モナルキア主義には、「子」を派生的に見る動態論的モナルキア主義と「子」において「父」の現われを見る様態論的モナルキア主義があり、動態論的モナルキア主義は「神の力がイエスの中に働き、キリストは神の子として養子にされた」という養子説に立つため、キリストの神性とみ言の受肉が否定されます。様態論的モナルキア主義には、天父受苦説や神のみが唯一の位格で、「父」「子」「聖霊」は3つの現象様態の名にすぎないとするサベリウス主義があります。

(6)ヒエロニムス:四大ラテン教父の1人。ギリシア語、ヘブライ語をはじめ諸言語に通じ、豊かな古典知識を備えたヒエロニムスは、ラテン語訳聖書の決定版であるウルガータ訳聖書(「ウルガータ」は「公布されたもの」の意)を実現し、神学の水準向上と聖書研究の歴史に大きな足跡をしるしました。このウルガータ訳聖書が中世から20世紀の第2ヴァティカン公会議にいたるまでカトリックのスタンダードであり続けました。

(7)アンブロシウス:四大ラテン教父の1人。ギリシア語に精通していたアンブロジウスは、バシレイオス、ナジアンゾスのグレゴリオスなど東方の教父達の思想を学んで西方に伝え、西方教会の神学の水準を高めました。また、アレクサンドリアのフィロンやオリゲネスに学んで、その聖書解釈の方法を西方教会のスタンダードとしました。若き日のアウグスティヌスもミラノでアンブロジウスに出会って大きな影響を受け、回心を遂げています。

三位一体論:アレクサンドリアの司祭アリウスはオリゲネスの従属説を徹底させ、キリストの人間性を重視して神と同一視することを否定し、神の唯一性・超越を強調します。4世紀にアリウス主義が隆盛になると、三位一体論が最も激しい対立を生み出し、325年のニカイア会議において、キリストは神ではなく、「神に類似」とするアリウスが異端とされ、キリストは「神と同質」とするアタナシウスが正統とされて、三位一体論の教理が確立しました。ニカイア信条の三位一体論はカッパドキアの三教父と呼ばれるバシリオス、ニッサのグレゴリオス、ナジアンゾスのグレゴリオスによって完成され、東方教会にも受け入れられますが、さらに381年のコンスタンティノポリス会議で、子は「生まれ」、聖霊は「出る」とするカッパドキアの教父の説が取り入れられてニカイア・コンスタンティノポリス信条が決議されました。かくして、キリストの完全な神性についての教義確立によって三位一体論争は終息し、次にキリストにおける神性と人間性との関係というキリスト論の問題に移行します。

キリスト論:アリウスは、子は神以下の被造物であるから人間性との統合は容易であるとし、アタナシウスは、キリストは神にして同時に人間であり、両者の結合から一人格をなすと主張していました。これはアレクサンドリア学派とシリアのアンテオケ学派との間で論争となり、アレクサンドリア学派のアポリナリオスはキリストの肉体は人間の肉体であったが、霊(ヌース)は神の霊(ロゴス)であったとしましたが、これだと神性は完全に保たれても人性は部分的となり、完全な人間性を備えていないので人間を救済できないとして、コンスタンティノポリス会議で異端とされました。一方、キリストの神性と人性を明確に区別するアンテオケ学派のネストリウスは、キリストは道徳的服従の完成した模範としてキリストの神性に対する信仰を弱め、神と人とが機械的に連結しているとすると共に、マリアに対する「神の母」という伝統的な呼称を退けたため、431年のエフェソス公会議で排斥されます。最終的に451年のカルケドン公会議で、人間の霊を持たないキリストは真に人間とは言えず、また機械的に連結しているキリストは結局神ではなく、神を背負った人間でしかないとして、アポリナリオスもネストリウスも異端とされ、キリストが「一つのペルソナ(位格)の中に二つの性質」を持つものとして両極端を排斥したカルケドン信条を決議し、キリスト論論争に一応の決着をつけます。このニカイア・コンスタンティノポリス信条とカルケドン信条によって古代におけるキリスト教の教義が確立し、カトリック教会統一となります。
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