皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
タイトルはショッキングな内容なのですが、昭和の日に起きた出来事でした。
人が多いのが苦手なので、祝日は家にいることが多いのですが、この日はなんとなく外に出てみようと言う気持ちになり、外に出ました。
外出先で、エレベーターに乗る機会がありました。
自分は上の階へ行くエレベーターに乗っていました。
3階に着いた時、一緒に乗っていた方は降り、自分一人になりました。
エレベーターの扉が閉まりかけた時、5人ほどの小学生の男の子集団がやってきました。
その子たちの感覚を分析すると、エレベーターで下に行きたいと言う気持ちを感じました。
自分が乗っているエレベーターは上の階に行くためのエレベーターだったので、閉まり際にお辞儀をして、扉を開ける事はしませんでした。
ただ、その子たちは自分が扉を開けてくれなかったことに怒りを感じて、閉まり際に執拗に何度も
「死ね!死ね!」と叫んできました。
とてもショッキングな出来事でした。
今回のことに限らず、日常で心を傷つけられる事はよくあります。
見ず知らずの方でも、このような事は起きます。
今回のことに限らず、今後も人から踏みにじられることはたくさんある人生なのだと思います。
透明ガラスになっているエレベーターだったのですが、その子たちは自分の予想通りその後、エレベーターで下に降りて行きました。
あの子達にとっては、扉を開けてくれなかった人間として、苛立つ存在に見えたのかもしれません。
死ねという言葉は、同調圧力で出た言葉なのかもしれませんし、一人の時だと出なかった言葉かもしれません。
ただ、子供たちの心理は理解した上でも、とても傷ついた出来事でした。
実際に対面している方だとより多くの情報が伝わってきます。
一人の子の父親は焼肉屋を経営している感覚でした。
金銭面では豊かな感覚は強かったものの、過去に父親から頭を殴られた感覚があるような印象でした。
普段は、母親が深い愛情を注いでくれている感覚でした。
どの子も完全な愛情不足と言うわけではない感覚でしたが、普段から言葉遣いはあまり良くない感覚がありました。
あの子たちにとっては、乱雑な言葉遣いは当たり前なのだと思います。
小学校でも嫌いな子に対しては暴言を吐いているのだと感じました。
あの子達の未来を分析すると、多くの子は悪くない未来が視えました。
1人の子は、社会的に成功する感覚も強く、経営者になる感覚がありました。
一方で、学校を中退してしまい、社会的にしんどくなる子がいる感覚もありました。
その子は後に、捕まるような感覚もありました。
ただ、世渡り上手な子が多い印象は強く感じました。
人に対して死ねと言う言葉を吐ける子だからこそ、弱い存在を踏みにじることができて、上に上がっていける感覚でした。
実際、社会的に成功(一時的な成功をしている方が多い印象です)している方で、いじめっ子だったと言う方は意外と多いと思います。
社会的に人格者のように崇められている方がいじめっ子だったと言うパターンは幾度か見たことがあります。
(ただ、本当に長く成功する方と言うのは、成功してもずっと謙虚でギバー気質かつ人格者の方が多い印象です)。
このような方は、一時的な成功を収める方が多い印象です。
最終的には、失敗してしまう方が多いように感じます。
また、損得感情なしで人を切ることができるので、社会的には成功しやすいのかもしれません。
自分からいじめっ子でしたと言う方はまずいないと思います。
武勇伝としてそのような話をする方は、サイコパス気質がある方なので、近づかないほうが良いです。
大半の方は隠すか、覚えていないかだと思います。
ただ、自分は人の心を読めるからこそ、意外と成功者の方にそのような方は多いと感じています。
そのような方は人をいじめたことさえ、忘れているかもしれません。
実際、自分のことを執拗にいじめていた方は後々、成功した方が多かったです。
多くの方は環境に恵まれ、周りからも好かれている感覚で、不自由していない感覚でした。
どの方も一見、社会に馴染んでいる感覚でした。
(結婚生活に関してはうまくいかなかった方が多い感覚なので、身近な方とのトラブルと言うのはあるのかもしれません)。
逆に、いじめられた人間の方が社会の隅に追いやられることの方が多いと思います。
普通ではないような目で見られて、余計に生きづらさを感じるかもしれません。
多くの方は結婚して子供に恵まれ、孫にも恵まれて、最後は、家族たちに見守られて平凡に人生を終えていくのだと思います。
それが現実だと頭では理解していても、苦しくなることがあります。
過去に傷つけられて、同じように苦しんでいる方は今も存在しているはずです。
ただ、多くの方は声を出せずにいるのだと感じます。
社会の片隅に追いやられて、外に出ず、苦しんでいる方もいるかもしれません。
どの方も自分の人生を諦めて欲しくありません。
自分自身も、過去も未来も苦しいことばかりですが、何とか明日を生きるために頑張りたいと思っています。
今日を生きることが出来た、毎日がその積み重ねです。
自分にとってココナラは間違いなく居場所になっています。
ココナラを始めていなければ、冷たい世界に目が向いたまま、死んでいったのだと思います。
ただ、今はココナラにいる優しい方々に目を向けることもできています。
皆様の鑑定をさせていただいている時間、皆様のことを考えている時間、ブログを認めている時間、ココナラで他の方のブログを拝読させていただいている時間は、現実のことを忘れられています。
特に、鑑定をさせていただいている時間は、その方の人生が頭を駆け巡る感覚で、現実のことを考える隙間はありません。
感覚的には、その方の人生を一緒に生きている感覚です。
自分が自分ではない感覚で、完全なフロー状態に陥っている感覚です。
それ以外の時間は、ほとんどずっと過去と今の苦しい記憶に襲われ、反芻思考に陥っています。
ただ、優しく接してくださる皆様の存在があるからこそ、何とか踏ん張って生きれています。
自分の人生を忘れさせてくれる時間を創ってくださる皆様に心から感謝しています。
自分自身、皆様の存在に救われています。
心から、いつも本当に感謝しております。
皆様の悩みも一緒に背負って、自分が消化してあげられたらといつも思っています。
実際にはしんどさや苦しみが完全に消える事はないと思うのですが、一緒に悩みを背負うことで、少しでも気持ちが軽くなる人が増えれば良いなと思っています。
自分の未来はなかなか変えることができないのかもしれませんが、ココナラで出会う方の未来がより良いものになってほしいといつも願っています。