小学生の集団に死ねと叫ばれた日。苦しみを抱えながらも生きる意味
皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?タイトルはショッキングな内容なのですが、昭和の日に起きた出来事でした。人が多いのが苦手なので、祝日は家にいることが多いのですが、この日はなんとなく外に出てみようと言う気持ちになり、外に出ました。外出先で、エレベーターに乗る機会がありました。自分は上の階へ行くエレベーターに乗っていました。3階に着いた時、一緒に乗っていた方は降り、自分一人になりました。エレベーターの扉が閉まりかけた時、5人ほどの小学生の男の子集団がやってきました。その子たちの感覚を分析すると、エレベーターで下に行きたいと言う気持ちを感じました。自分が乗っているエレベーターは上の階に行くためのエレベーターだったので、閉まり際にお辞儀をして、扉を開ける事はしませんでした。ただ、その子たちは自分が扉を開けてくれなかったことに怒りを感じて、閉まり際に執拗に何度も「死ね!死ね!」と叫んできました。とてもショッキングな出来事でした。今回のことに限らず、日常で心を傷つけられる事はよくあります。見ず知らずの方でも、このような事は起きます。今回のことに限らず、今後も人から踏みにじられることはたくさんある人生なのだと思います。透明ガラスになっているエレベーターだったのですが、その子たちは自分の予想通りその後、エレベーターで下に降りて行きました。あの子達にとっては、扉を開けてくれなかった人間として、苛立つ存在に見えたのかもしれません。死ねという言葉は、同調圧力で出た言葉なのかもしれませんし、一人の時だと出なかった言葉かもしれません。ただ、子供たちの心理は理解した上でも、とても傷ついた出来事で
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