人が殺されそうな場面を目の前にして、自分が感じたこと

記事
コラム
皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?

自分自身は毎日苦しみに追われていますが、今生きることができています。
生きることができているのは皆様のおかげです。
これから先も皆様と一緒に生きていける日が多くありますように。

さて、今日は自分自身のトラウマについてのお話をさせていただきます。
重い内容なので、しんどい方はどうかご無理なさらないでくださいね。

今でも深いトラウマになっているのですが、目の前で人が殺されてしまうかもしれないと思ったことがありました。

すぐ目の前にいる人の首にナイフが当てられている状態で、いつ首を斬られてもおかしくないような状態でした。
その次は、自分が斬られてしまうのだと、恐怖に怯えていました。

その時、自分は怖くなってとっさに逃げ出したいと思ってしまいました。
まだ子供だった時の話です。

目の前でナイフを首に向けられている人を目の前にして、助けなければならないと言う気持ちと同時に、この場から早く逃げ出したいと思ってしまった自分がいました。

本当ならば、逃げ出したいと言う気持ちよりも、助けなければならないと思うべきだったはずです。

今から自分も殺されるのだと思うと震えが止まらなくなり、痛い想いをしたくない、目の前で人が殺されるのを見たくないと強く思いました。

その後、必死の思いで助けを呼び、助かることができました。
建物から外に出ると、あたりは多くの警察官と事件を娯楽のように見る人々で溢れていました。

中には、面白がって見ている人もいました。
半分以上の方が、心配するどころか、面白がって見ていました。
人様からワクワクした感覚を受け取った時は、悔しい気持ちになりました。

建物の中から出てきて、警察官の方に話しかけられる自分をまるで動物園の動物を見るような感覚で見てくる方もいました。

建物の中では悲惨な状況が繰り広がっていたのに、この人たちは、その状況を面白がっているのだと苦しい気持ちになったのを今でも覚えています。

人の不幸を楽しんでいるような感覚は辛いものでした。
エンパスでなければ、そのような感覚もわからなかったのかもしれません。

ただ、不幸な事件を娯楽のように面白がられている感覚を受け取って、とても不快な気持ちになったのを覚えています。

人は怖い生き物だ、自分さえ良ければ人の不幸を楽しむ人がいるんだ、とこの時強く感じました。

一方で、今でも救いになっているのですが、全く見ず知らずの一人の方が一緒に泣いてくれました。

何も聞かずに、ただ一緒に泣いてくれたのです。
そして、最後に「頑張ってね」と声をかけてくれました。
今でもこの方の純粋な優しさには感謝しています。

この話を人様にするのは初めてです。
ずっと誰にも話せず、どこかで忘れていた部分がありました。

所々、自分の人生には記憶喪失のようになっている部分があります。
あまりにトラウマが強すぎて、自分を守るために忘れようとしているのだと思います。

事件に巻き込まれた方が生き残ったとしても、きっとトラウマを抱えて生きるのだと思います。
精神疾患になってしまったり、普通の人生を歩めなくなってしまう方も多いと思います。

生きているのと死んでしまうのと、どちらが楽なのかと考える事は多いです。
自分にとっては生きる事は生き地獄のように感じるのですが、いつか生きていて良かったと心から思える日が来るのかもしれないと信じて毎日を生きています。

今日を生きたいと望みながら死んでいった方たちのことを思うと、やはりしっかりと生きなければならないと感じます。

トラウマだった記憶を言葉にしたことで一時的に気持ちは落ち込むと思うのですが、自分だけが知っていた記憶を外に出すことで少し楽になれた気がします。

人に話せないトラウマを抱えている方は、ブログを拝読してくださっている方の中にもいるかもしれません。

自分も同じなので、どうか安心してくださいね。
トラウマを抱えて生きているのは自分だけじゃないのだと思うことで、ほんの少しだけでも気持ちが楽になってもらえたら良いなと思います。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら