スピリチュアルの教えは、「人間意識」とは真逆??
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こんにちは。
光の翼 木村 心美です。
いつもブログをお読みくださり、
ありがとうございます♪
二元が分離した
この3次元領域では、
エネルギー振動数で区別するならば
「光」と「闇」は
180度の対極にあります。
最近よく耳にする
「神意識」と「人間意識」の教えは
完全に真逆だ・・・。
…と
言われる通りです。
しかし
あらゆる二元性は、
別々のものではなく
コインの裏と表のように
ひとつであり一体です。
この昨今では、
「人間意識」の持つ
巨大な集合無意識による恐れのエネルギーが
内面から浮上しながら
森羅万象の
自然のエネルギー法則によって
現象化し続けています。
無意識が抱え持つ
人類共通の最大級の恐れは、ズバリ。
お金が尽きることがテーマでしょう…。
そうでなければ皆が皆、
毎日のように長時間朝から晩まで
せっせと働きには行かないですし
各自が好きなことをしながら
毎日を楽しく自由に
過ごしているハズだからです…。
「破壊」と「再生」
この二元は
元々ひとつで「愛」ですが、
「人間意識」では
一方の極の「破壊」を恐れ、
未然に防ごうとします。
「死」と「再生」
この二元も
本来ひとつなのですが、
「人間意識」では、
まだ見ぬ未体験の「死」を
極端に恐れる為に
まるで第三者が故意的に
人口削減を企んでいるかのように
事象は映りますが、
地球のエネルギー振動数上昇に伴い
大量に内側の「恐れ」が顕在化して
アチラコチラで
事象が起きているだけに過ぎません。
「恐れ」「恐怖」のエネルギーと共振共鳴する
ガンなどの病も
今生の生きる課題として持ち越すカルマが
現象化しているに過ぎません。
医療においては
悪性腫瘍をオペ等によって
切り取り排除する手法を
繰り返すだけで
高い次元では、
その本人が在り方や生き方を
変えることによってのみ
ガン完全治癒の道が拓かれる
…という事のようです。
何度も同じ
固有パターンを繰り返す
その人物のカルマとして
エネルギーに因子が埋め込まれている
…という
個人的見解ではありますが、
証明が難しいので
ここでは断言を控えます…。
ハイヤーセルフは、
「善意や行為に対して
見返りや報酬を求めない無条件の愛に至るとき
ガン細胞は完全消滅する。」
…と伝えてくれています。
(これに関しては、過去ブログで記述しています。)
「神意識」は
お金が「ある」でもいいし
「ない」でも気にもしない。
スピリチュアルの教えは、人間意識とは真逆??
「神意識」は「人間意識」のように
「ある」だけを求めて望んだり
「ない」を恐れません。
真逆というよりも
無条件の愛では、
「ある」でも「ない」でもどちらでもよく
こだわらないので
結果として
「私」が困る事態にもならない
…という答えに
行き着くからです。
「ある」と「ない」は
同じだと知っているので
当然「ない」を
恐れもしないのです。
自身の放つエネルギー振動数によって
物事の見え方や捉え方は変わり
映し出される対象物のエネルギーが分離します。
その各個の
意識段階が認識した「現実世界」しか
対象物や現象を
捉えることはできません。
二元に分離した意識を
エネルギー浄化していくことによってのみ
本来ひとつのエネルギーを
より強固に大きく隔てていた
二極の差異は
次第に小さくなっていき、
最終的に
二元の分離は
一元に統合します。
「光」と「闇」は
全く同じものだった…!!
…と意識レベルで
気づいていくことによって
「光」と「闇」のどちらも
すべてを無条件に愛する根源エネルギーと
共振共鳴するようになり、
その者が観察する現実世界は
分離や分け隔てなく
意識が意図したままに
現象化するようになります。
その統合意識の状態では、
分離する「恐れ」は存在せず
ただ「愛」なので
天災や事故などの
被害とは無縁となり
目の前での
「恐れ」による事象や対象物の
現象化は起こらなくなります。
もはや
「光」と「闇」の区別もなく
「私」と「他者」を隔てる
境界すらも存在しないので
「他者」のエネルギーをヒーリングをしている傍らで
「私」のエネルギーも同時に
再調整されていきます。
振動数の高い根源エネルギーは、
クライアント様の恐れや
負の感情エネルギーをそのまま浮上させて
クリアリングの際に
客観的に認識させます。
その観察や気づきの
プロセスによってようやく
負のエネルギーは手放し解放に向かい
進化前の古いエネルギーは
純粋な愛のエネルギーに変容を遂げます。
思考を使って
キレイなエネルギーを想像しながら
意図的に願望を叶えようとしても
放っている実際のエネルギーを
根本的に変えていかなければ、
現実世界が変容することは
まずありません。
「恐れ」を手放し
エネルギー振動数が上昇していくにつれて
振動数の高低差があるために
他者のエネルギーとは接点が無くなり
共振共鳴しなくなるので
「他者」の持つ「恐れ」の影響を
一切受けなくなって
ヒーリングをしていても
超快適になります。
(たまにヒーリング中、
恐れに満ちたクライアント様の
ダイ◯ン級の吸引力で
延々とエネルギーを大量に吸い取られていくような
感覚を受けますが…大汗
根源エネルギーは枯渇することなく
すぐさま満ちてきて補充されます。)
ある意味で
「他者」エネルギーの影響を受けて
苦しい状態
…ということは、
「私」の中にも
「他者」と同種の
分離した「恐れ」のエネルギーが
依然残っている。
…という目安になります。
そんな「他者」と
未だ関わらなければいけない
…ということは、
「私」の内側が癒やしの目的で
エネルギー共鳴する
不特定多数の「他者」を引き寄せているのです。
スピリチュアルにおいて
神と人間は180度
真逆といわれるのは、
気に入らない大人数の「他者」たちと関わらなければならず
困った状況から逃れられないのは、
そのステージの学びが終わっていない
絶賛大浄化中だからです。
不特定大多数の「他者」たちと
強制的に関わらなければならない
…ということは、
エネルギーが混沌としており
振動数が低いため
魂レベルにおいて
集中的なエネルギー浄化を要しているためです。
お仕事やビジネス面に於いても
傍からは一見羨ましいほどの
大繁盛店に映ったりしますが、
その本人が
大多数の「他者」を引き寄せながら
そのような状況を
「喜び、感謝しているのか…?」
それとも内心では、
「苦しみ、怒り狂っているのか…?」
実際のところ
その本人にしか真実は分かりません。
たとえ現実世界で
幸せや喜びの要因となるような
事象が起きていなくとも
エネルギー振動数に比例して
「幸福」度合いは高まります。
その「幸福」な
無条件の愛のエネルギーが
その者の周辺に
愛の世界を創造します。
それは、
自身の放つ無条件の愛と
共振共鳴しながら
どこに存在していようと
あらゆる喜びを現象化します。
「不幸」な
条件付きの愛のエネルギーは
その者の周辺から身動きが取れないままで
苦悩の世界を創造します。
「幸福」という状態は、
「私」を否定しておらず
同時に「他者」をも否定しておらず
どんな「私」であっても
同時にどんな「他者」であっても
今現在起こっている
あるがままの状況を
ただそのまま
受け入れ愛する事が容易くなります。
起こる現象そのままを
受け入れられないから
人は苦しむのです。
気に入らない「他者」は、
片っ端から切り捨てればいい…!
そう考えて
気に入らない「他者」の排除を
実行すればするほど、
(ガン細胞切除オペと同じです。
排除という行為自体が
愛の振動数に満たないので
問題解決には至りません。)
この現実世界で生きることが困難になり
安全に生き延びることが
一層難しくなっていきます。
「他者」に依存していたり
「他者」に頼れているからこそ
今現在の生活や営みが
成り立っているからです。
これに甘んじて
何らかの面で「他者」に頼ったり
「依存」し続けているほど、
自身の力だけでは何も出来なくなり
「自立」は難しくなります。
外側の組織や別の誰かに
「頼る」「依存」する
…という行為は
内側の「恐れ」が基となっており
「もらう」という行為を
ストップすることなく
生涯を通して継続し続けなければ
すぐさま「不足」に陥るので
「他者からもらえなくなると、もう生きていけなくなる…。」
…と恐れます。
この恐れが基となり
食料品や経済的物資を得るため
毎日労働活動に勤しみます。
「自立」は
内側の「愛」が基となっています。
内側から湧き上がる
「愛」に従うことによって
「他者」の存在によって
「私」を成り立たせている
不自由な「依存」の在り方から
一方的に「他者」に
寄り掛かるのではなく
「私」が意図した通りに
自ら行動していくことで
「自立」の在り方に
移行できるようになっていきます。
よく
「国」や「政治」が悪党ばかりだから
私達が不自由する…。
勤務先が
賃金を上げてくれない…。
「他者」が◯◯だから、
「私」まで上手くいかない…。
これらの考えはみな
依存的思考であり
エゴによる錯覚です。
「外側世界」や
すべての「他者」には
何一つとして
「私」が上手くいかない原因はありません。
皆んな好きなように
そのまま自由にさせてあげればいい。
「私」が変わった
その瞬間から
個人が抱える困難や問題は
スルスルと紐解かれていき
すべてが解決に向かいます。