『あえて・・・する』
ことで、新しい発見や、閃きが訪れることがあります。
皆さんは、朝起きたらまず何をしますか?
私の毎朝の日課は『朝のコーヒー』から始まります。眠剤が効かない日も、それなりに眠剤の効果があった日も、起きてまず始めにやることは、『コーヒーを入れる』こと。
勿論、インスタントコーヒーではなく、きちんとドリップしたコーヒー・・・。
コーヒーが出来上がるまでに、こうしてブログを作成しています。
本当であれば、豆を挽くところから行いたいのですが、あいにく近所に、良いコーヒー豆を取り扱っているショップがない為、挽いてあるコーヒーで我慢しているのですが・・・。
そして、その『コーヒー』を『丁寧に淹れる』
インスタントコーヒーでも『コーヒー』は『コーヒー』
最近のインスタントコーヒーは味も良く、ドリップしたコーヒーと引けを取りませんがインスタントコーヒーは飲みません。
ではなぜ、あえてドリップしたコーヒーを、時間をかけて出来上がるのを待つのでしょう?
さて、ここでちょっと想像してみて下さい。
1.まずは自然の中に足を入れて薪を拾ってくる。
2.自分の手で火をおこしてお湯を沸かす。
3.「ああ、今日はいい天気だな」と、空を眺めながら豆を挽く。
こうして淹れたコーヒーの味は、おそらく、インスタントコーヒーよりも、ドリップしたコーヒーよりも、数倍おいしいと思いませんか?
一つひとつの行為に『命』が吹き込まれ、ただの『コーヒー』がひとつひとつの行為、
1.「薪を拾う」
2.「火をおこす」
3.「豆を挽く」
ことにより、『命』が吹き込まれるから・・・。
どの行為にも無駄なものはありません。
それが『生きている』ということです。
話が飛躍していると感じる方もいらっしゃるかと思いますが、時間と労力のなかにこそ『命』が宿っている。
すなわち、時間と労力を省くことは『人生の楽しみを省いている』と同じこと。
ときには、便利さの“裏側”を体験してみてはいかがでしょうか・・・。
きっと、『時間をかけることの幸せ』を感じることが出来き、『時間と労力の中にある命』に触れることが出来るはずです。
さぁ、今日も一日よい時間を過ごしましょう!