そらのねからの通信【第三十一通】何度拒絶されても、捨てられても
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人々に何度も拒絶されても。
人々にどれだけ信じてもらえなくても。
どんなに創意工夫をしても人々に伝わらず、
気付いてもらえなくても。
空は、翼を持った形のない生命は、
原初の時空間から、古来から、
不変の繊細すぎる清らかな優しさで
人々や生命を迎え入れることだけを永遠に繰り返す。
いつも何も起こる必要がないように。
いつも何も刺激を受ける必要がないように。
いつも一切の特別さが必要ないように。
誰もが何も成さなくても、存在しているという条件だけで、
今、生きている時間以外のものは何も要らないと涙腺が緩み、
感涙に満ちる記憶で溢れるように。
空は、翼を持った見えない生命は、
姿や形を常に適宜変えて、
時代を何度も越えて、世界の歯車として働き続ける。
本当はそんな何も起こる必要も、これ以上成す必要も何もない、
終点の涅槃の時間だけが無条件に流れ続けている
歴史しか起こり得ない場所、刻まれていない時間。
その壮大すぎる優しさ、純真すぎる優しさからは、
逃れられない約束を交わして誕生し、生かされていること。
私達の、僕達のその贈り物が、
人々に届いていないことはなかった
真の名の記憶を思い出して欲しくて。
何度その贈り物を捨てられても、
今日も、明日も、これからも、
世界の息吹が必要とされる限り、あらゆる事象を通して、
人々に私達の、僕達の羽を渡し続けています。
空から、そっと舞い降りる一つ一つの羽は、
姿が見えない形で、ずっと隣で、
人々を清く優しく想い続けています。
何も起こらないままで、何も刺激を受けないままで、
仮の名が求める、憧れる特別さと関係を持てないままで、
あなたはいつも大丈夫。
普通のまま、日常のまま。
そんな誰でも手が届く、
最も近くて、
最も簡単なところに。
各々のための不変の理が、
どんな時も既に舞い降りています。