憎しみを超えるということ

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コラム
人間ですから色々な感情が常に動いているのは仕方のないことです。
ポジティブな感情、ネガティブな感情、どちらもあって当然です。

この地球学校の最大の特徴として「人間関係を学ぶ」という大きな課題があります。単純に「好き」「嫌い」という感情であったとしても、そこに人間関係が絡むととても複雑なものになっていきます。

人が人に対してもつ「感情という道具」は、人を成長させるために十分な機能があります。

「心地よい」感情はその人に対して良い印象をもたらしますし、「触れたくない」感情はその人に悪い印象をもたらします。
そのどちらも人生において必要な学びを運んできてくれます。

「心地よい」感情は、沢山欲しいと思います。
「触れたくない」感情はもう十分と思い、少なくなることを願います。

どちらもありがたく受け取り、認識する必要があるのですが、「触れたくない」ものはやっぱり「触れたくない」のです。

この「触れたくない」という感覚は、その向こう側に「認めたくない自分」がいることがほとんどです。(^^;)

例えば私が父から受けていた「おでぶちゃん」という言葉を例にとると、その言葉を受け取った私は最初に父に対して嫌な感情を抱きます。「不快な気分」になるからです。
そして、「父が嫌い」になります。

自分がその言葉に対してそれが本当なのか、嘘なのかも確認もせず、そのままに受け止めてしまうとそうなります。

私の場合は、それが事実だと認めた上で「父が嫌い」になりました。
そしてその先に何があるかというと、
「父が嫌いになることで、おでぶちゃんである自分をうけとめなかった」ということです。
「自分の事実を認めたくなかった」のです。
それは「やせるための努力をしたくなかった」ということと、「痩せてる私にしか価値がないなら今の私には当然価値がない」と思いたくなかったのです。
その考えを守りたかったために「父が嫌い」にしておいたということです。

つまり、自分の考えと自分の都合を正当化するために「父が嫌い」という感情を「選択」したわけです。

そこから「父が嫌い」が積もり積もって「父が憎い」になりました。
その先にあることは、「そう思っている自分が嫌い」になりました。

憎しみや悲しみの先にあるもの、それは自分に帰って来るということです。

自分の為に自分の感情を選択し、自分の事を受け入れることを先延ばしにしているのです。

でも、この選択は、私の人生に大きな学びをもたらしました。
この学びによって、人の心の痛みをより多く知ることになりました。
そして、人生の目標を持つことが出来ました。
父は、大いなる師だったということに気づいたのです。

ひとつの感情が一つの人生を生み出していく。
それは間違ってもいないし、正しいわけでもない。
それが人生だと思いました。

どんな人生の辛い面も幸せな面も、あなたの成長を促進してくれます。
特に魂の成長が磨かれます。

憎しみの向こう側にさえ、自分の学びがあるのです。
諦めず、その向こうを望んでください。そこにたどり着こうと希望を持ってください。
それがあなたへの最高の癒しになり、自分への許しになります。

どれだけ時間がかかっても良いのです。
あなたを信じて生きて下さい。
きっとあなた自身で傷つけたあなたの魂を抱きしめられる時がやってきます。(^_-)-☆


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