夜、布団に入ってふと考える。
「今日、私は何をしただろう」
やろうと思っていたことができなかった。予定していたことが手につかなかった。SNSを開けば、誰かの充実した一日が目に飛び込んでくる。そんなとき、自分だけが止まっているような気持ちになることがあります。
「また何もできなかった」
その言葉が、胸の奥にずしんと重く沈んでいく感覚、よくわかります。
でも、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
「何もできなかった」って、本当でしょうか。
朝、目が覚めた。息をした。水を飲んだかもしれない。何か少し口にしたかもしれない。トイレに行った。もしかしたら、誰かに「おはよう」と返事をしたかもしれない。
それは「何もしていない」のとは、まったく違います。
私たちはつい、目に見える成果や、わかりやすい前進だけを「できたこと」として数えてしまいがちです。仕事の成果、勉強の進捗、家事の達成。そういうものさしで一日を測ってしまう。
けれど、心が重たい日に「ただ一日を過ごす」ということが、どれほどのことか。それは経験した人にしかわからない大変さです。
しんどいときにも関わらず、今日という一日を終えようとしている。それだけで、あなたはちゃんと頑張っています。
「何もできなかった日」は、心が休息を求めていた日なのかもしれません。体がこれ以上無理をしないようにブレーキをかけてくれた日なのかもしれません。
それは怠けではなく、自分を守る力が働いた証です。
世の中には「毎日成長しよう」「一日一日を無駄にするな」というメッセージがあふれています。それ自体は悪いことではありませんが、すべての日がそうでなければならないわけではありません。
立ち止まる日があっていい。何もできない日があっていい。
大切なのは、そんな日の自分を「ダメだ」と責めないことです。
もし今夜、布団の中で「何もできなかった」と思っているなら、どうか一つだけ覚えておいてください。
あなたは今日、生きた。
それは誰にも否定できない、確かな事実です。そしてそれは、決して小さなことではありません。
明日もし少し元気が出たら、何か一つだけやってみればいい。出なかったら、また「生きた」だけで十分です。
あなたのペースで、大丈夫ですよ。