数年前の次女は、「学校が全部いや」でした。
「嫌い」とも言えず、ただ「いや」。
「嫌い」は何がイヤなのかがわかっているけれど、
「いや」は自分でも説明がつかない気持ち。
そんな“もやもや”の渦の中で、
次女は毎日をなんとかやり過ごしていました。
~「好き」を見つけた日~
それが今では、「体育が好き」「算数のノートを書くのが好き」「理科の実験が好き」——
次女の口から“好き”という言葉が自然と出てくるようになりました。
「好き」を語る姿って、どうしてこんなに人を笑顔にするんでしょうね。
一年前のあの“いや”が、ちゃんと時間をかけて“好き”に変わっていったこと。
それが何よりもうれしかったのです。
~「好き」と「嫌い」は、どちらも自分の一部~
“嫌い”は悪者じゃない。
むしろ、“好き”を見つけるための大切な手がかり。
「これが嫌い」と分かるから、「これが好き」に気づける。
そうやって少しずつ、自分の輪郭がくっきりしていく。
どちらの気持ちも、自分の一部。
上手に使い分けられるようになることが、成長なんだと思います。
~朝の「行きたくない」スイッチ~
そんな次女にも、いまだに“朝のスイッチ”はあります。
この日も、母の予定が午後からだったせいか、
「行きたくない〜」モードが発動。
ちゃんと母のスケジュールを把握しているあたり、
なかなかの観察力です(笑)。
無理に行かせても、
“頑張っても行けない状態”になることはわかっていたので、
その日はじっくり話を聞くことにしました。
泣きながら話して、しばらく沈黙して、
やがて次女がポツリと。
「1時間目、体育だから行く。」
自分で気持ちを整えて、
自分の意志でランドセルを背負いました。
~「好き」は生きるエネルギー~
誰かに言われたからではなく、
「好きだから行く」と決められたその瞬間。
それは、次女の中で確かに芽生えた“自立のサイン”でした。
「好き」が見つかると、世界が少しやさしく見える。
同じ教室、同じ道、同じ空気なのに、
少しだけ色が明るくなる。
その“好き”を育ててくれた先生、友達、
そして時間の流れにも、心からありがとう。
~今日の気づき~
「嫌い」も「いや」も、ちゃんと通過点。
本当の“好き”は、自分で見つけるからこそ強くなる。
“好き”を見つけたとき、世界は子どもをやさしく迎えてくれる。