読んでくださってありがとうございます!
私が不登校児だった頃の話をしますね。
中学生の時
仲の良かった友達が不登校になりました。
その子の弟も
私が家にいるのが当たり前すぎて
お風呂上がりのパンツ一丁姿も
「なるなら平気」と言って恥ずかしがらないくらい
家族とも仲が良かったんです。
そんな仲のいい子が、不登校になったのです。
私は、理解者が居なくなった気持ちでした。
「誰からも理解されない」
アニメ好きな私も受け入れてくれた彼女は
唯一無二の存在だったからです。
兄弟からも「オタク」「気持ち悪い」と
言われてきた私には
家に居場所のなかった私には
彼女の隣だけが居場所でした。
彼女の居ない学校に
行っている意味がなくて
少しずつ行かなくなりました。
3時間目から行ったり
頑張って1時間目から行っても4時間目で帰ったり。
うわべだけの人たちと一緒にいるのがつらかったのです。
それでも夢があったので
高校受験は頑張って良い高校に行ったけど
やっぱり居場所がなくて
行くのがつらくなりました。
中学よりもそれは酷くなり
全く行けない日が増えていきました。
そして、冬には単位が足らず留年、退学。
大人になり、思春期の子について独学し
当時の私がうつ病だったかもしれないと知りました。
ただ怠けているだけじゃない、
学校に行けないのはSOSなんです。
頑張って、でも疲れちゃったから
学校に行けなくなる。
そんなSOSを「甘えだ」などと
ただ頭ごなしに否定してはいけない。
それに気づいてください。
大人が、知識を得て、子どもにその知識を与えてください。
病気を決めるのは医師だけができる行為なので
病気かどうかは決めてかかってはいけません。
ただ、その可能性があるという知識を得ていると
見え方が変わりますよね。
不登校になる理由は様々ですが
私の場合は”居場所”でした。
安全な居場所に所属していたいという欲求は
マズローが唱えており
世界中に広まっているほど
指示されています。
つまりそれが当たっていると思う人が多いのです。
それは”居場所”を求めている人が
それだけ多いということ。
その感覚が普通であることを言わずもがな表しているということです。
元不登校児だったからこそ
自分の心に向き合う時間が長く
心理学を独学で学ぶほどに求めてきました。
そんな私だからこそ
お話を聞いて、共感ができることって
沢山あると思います。
他の人にはなかなか出来ない共感ができると思っています。
そんな私にお話をしてみたいというあなた、
最初の一歩は不安で、重たいものですが
「とりあえず話してみてダメだったら切っちゃえ」
くらいの感覚で
私と話してみませんか?
お待ちしております