このテーマ、一見よくわかりませんよね。
今回は、この意味不明なテーマを用いて、あなたの心を軽くしてみようと思います。
・ホント、人間って・・・。
・人間なんて、信用するもんじゃないわ。
・人が怖くて、目も合わせられない。
そんな気持ちになってしまうあなたに、かる~いお薬として、今回のテーマをひも解いていきます。
人間というものは、様々な環境で育ち、認識をしっかりと固めて大人になりますよね。ここでは心理学的なことは話しませんので、イメージを膨らませていきましょう。
生まれた環境、育った地域、生まれ持つ特徴、遺伝的性質。
これらが一つ一つじっくりと人間に染み付き、大人になってからも、穏やかな人がいれば、元気いっぱいな人もいますよね。無論、その中でも、人を騙したり、他者の不幸を喜ぶ悪人や、いじめ・ハラスメント好きに遭遇すると、誰しもがこう思う事でしょう。
人間って、なんて汚いんだろう、と。
・・・そうですよね、私もいまだに思ってしまう瞬間は多々あります。私も、学生時代からの被害者ですし、社会人になっても遭遇しまくりでしたから。
彼らを擁護したり、批判するよりも。そこで大切になってくるのは、
あなたの心の傷が、どれだけ深かったのだろう、という事。
そこが一番心配なところです。
いじめやハラスメントをする側が一番極悪である、と言う意見の元に言わせていただくと、あなたが負った傷は一方的に付けられたものであると、自覚して欲しいのです。
そんなことない、私が性格悪いから。
そう思ってしまった方。あなたはそう言ってしまえるほど、本当は優しくて、強い方なのですよ。だって、この世に人間は山ほどいて、山ほど色んな価値観や文化を持っているのです。だからと言って、その人達に嫌がらせやいじめ、ハラスメントをしていいのでしょうか。
いいえ、自分と違うからと攻撃するのは、
失礼に当たりますでしょう。
多種多様性を認め合う・・・それこそが、人間同士の絆を深めるものではないでしょうか。
話は戻りますが、そうしたいじめやハラスメントの被害に遭っても、「性格が悪いから」と人として誠実で居ようとするあなたは、とっても美しい人なのです。
誠実であり、真面目であり、とっても謙虚な人。
人として正しくあろうとするあなたは、本当の意味で強い人。
そして、相手を責めない姿勢は、あなたの優しい心の現れ。
そういう人を、私は敬意を表して、美しい心の人、と思うのです。
自分を誇って、そういう自分にも、優しくしてあげて欲しい。そんな気持ちになっちゃいます。
さて、今度はテーマに触れてみましょう。
――あなたが負った傷を、どうやって癒すか――
副題はそこになりますが、あなたよりも弱い人間があなたを傷つけ。傷つけた側は、だいたい指摘されたら「そんなことで傷ついたの?」と小首を傾げる事が多いです。私も社会人になってから実証済みであり、彼らの言葉を大真面目に受ければ受ける程、異次元の動物に見えるし、またまた自分の傷が増えるばかりでした。
だから、考えたのです。
彼らの言葉は、動物の鳴き声に似てるかもしれない、と。
見事に不時着したように見える結論ですが・・・これを説明すれば、「あ~~わかるぅ」と思われるかもしれないですね。
なんと、強く見える加害者側・・・、
頭空っぽの気分屋さんでお話してます。
実際に賢者のような方々は、何事にも加害者になるリスクを計算して、リスクを負いたくないが故に、悪いことはしません。気分が悪いからと八つ当たりはしないように頑張るし、八つ当たりをする暇もなく、何かをしているものです。さらには、いじめやハラスメントによる法の裁きが理解できるので、極力そういうことからは距離を置くものです。
対して、感情のコントロールが出来ない人々は、自分の事で手一杯。自分の欲や嫉妬を抑えきれなくて苦しんだ挙句―――意地悪をする。つまりは、
かなーり、本能的。
人間としての理性が、少ないかもしれません。
人間ならば、理性的に感情をコントロール出来るし、解決策としてストレス解消法をそれぞれ用意します。けれど、彼らはそれが出来ないから、【本能的】なのです。
そんな彼らを例えるならば――
気分屋の、ノラ猫さん。
猫好きさん、ごめんなさい。
不愉快になっちゃったら、大変申し訳ございませんが、「気分屋」で「本能的」に「攻撃」するものだったら、本当はなんでもよいのです。ただ、身近な動物さんであるならば、このヌコ様ではないかと・・・・。
では、話の続きを。
よおく、考えてみてください。
彼らって、権力者やツワモノにすり寄ってませんか。
そう、ちゅーるを強請るヌコ様のほうが、無論千倍は愛らしいですよね。
狡猾でも、気分屋で、それでも懐くときは懐く。その中で、感謝を伝えてくるヌコ様もいらっしゃいますよね。
ここで何故、ヌコ様の長所と意地悪な人々を重ねたかというと・・・
人間で苦しんだことは、未来への投資にもなる、ということです。
例えば、ヌコ様は偶にお怒りになると、ひっかいてきますし、容赦なくヌコパンチというご褒美を恵んで下さります。けれど、ちゅーるというウマウマおやつにはくだり――将来は愛らしく「よこせ」コールという、さらなるご褒美を恵むようになるでしょう。それを毎日繰り返せば、ヌコ様たちのお怒りは、オネダリに変わります。
つまり、人間不信になったとしても。
(ここで言うヌコ様のひっかく/ヌコパンチ)
未来のあなたは、「そんなこともあった~」と、
誰かを励ませる人になる未来があるのです。
(ここで言うちゅーる習慣によるお恵み)
まとめちゃうと、あなたは優しいし真面目だから気にしちゃうし、
心の傷は、今も残っているけれど―――それって、相手が100%悪いです。
でも、他者を憎めない優しいあなただから、ヌコ様に噛まれた日として、まずは傷を治療して、「私ってば、こんなに優しかったんだ」なんて美味しいものを食べちゃって。トラウマは、いつの日かヌコ様の映像で脳内劇場に登場させてみてください。
ヌコ様に、やられちゃったよ
そう思いながら過ごせば、トラウマもクスリと笑える日が、ちゃんと来ます。相手が悪くても、怒りや悲しみを掘り起こすのは、ストレスになっちゃうから。あなたの優しさを、将来待ち望む人に、分けるつもりでヌコ様崇拝しちゃいましょう。
これからの時間だって、美しい心のあなただから。
誰が何を言っても、優しい人だから。
今日も頑張り屋さんなあなたが、心地よい時間を過ごせますように!
雪見