「介護は、そのうち少しずつ始まるもの」
そう思っている方は多いのですが、実際の家族の体感は少し違います。
もちろん、物忘れや足腰の衰えのように、ゆるやかに始まるケースもあります。
ただ、家族にとっての「介護の始まり」は、たいてい事件のように突然やってくることが多いのです。
厚生労働省の実務資料でも、介護は育児と違って「準備期間も無いまま突然起きうる」と指摘されています。さらに、介護が必要になる主な原因としては、認知症、脳血管疾患(脳卒中)、高齢による衰弱、骨折・転倒が上位に挙がっています。つまり、ある日突然の入院、転倒、手術、退院調整をきっかけに、家族の生活が一気に変わることは、決して珍しくありません。
厚労省のヒアリング資料には、まさにその現実が描かれています。
「今夜、家族が倒れたら」
病院へ駆けつける
手術の付き添いをする
入院保証金が必要になる
そして退院後はどう看るのかを考えなければならない。
仕事を何日休めるのか?
別居ならどうするのか?
介護保険は使えるのか?
医療費や介護費はいくらかかるのか?
こうした問題が、数か月後ではなく、今夜から始まるかもしれないのが介護です。
「突然」は、気持ちだけでなく家計にも直撃する
介護で本当に怖いのは、気持ちが追いつかないことだけではありません。
準備がないと、収入の面でもかなり痛いのです。
総務省の就業構造基本調査では、2022年時点で介護をしている人は628.8万人、そのうち有業者は364.6万人です。しかも、介護をしている人のうち有業者の割合は上がっており、男性では50~54歳で88.5%、女性でも50~54歳で71.8%と高くなっています。45~49歳でも、有業者の介護者は39.5万人、50~54歳では70.4万人にのぼります。つまり、親の介護は、現役で働いているど真ん中の世代に、すでに現実の問題として降りかかっているのです。
経済産業省も、仕事をしながら家族介護を担う人の増加を大きな経営課題として位置づけています。経産省の公表資料では、2030年時点でそうした人は約318万人にのぼり、介護に起因する経済損失額は約9兆円と試算されています。さらに、2030年時点の両立困難による経済損失の9割は、仕事をしながら介護を担うことによる損失と、介護離職による損失が占めるとされています。つまり、介護の負担は「介護費」そのもの以上に、働けなくなることによる損失が大きいのです。
準備なしで起きやすい、3つの経済的損失
ここからは、読者の方がイメージしやすいように、個人レベルの損失を具体的に見てみます。
なお、以下は公表されている平均給与や制度をもとにした単純計算の目安です。実際の手取り額や会社制度によって差はありますが、「突然始まる介護が、どのくらい家計を削るか」をつかむには十分参考になります。
1.最初の数日で、数万円から十数万円が消える
介護休暇は、対象家族が1人なら年5日、2人以上なら年10日まで取得できます。ただし、厚労省は、介護休暇の日や時間について事業主に給与支払い義務はなく、有給か無給かは会社の規定によると明記しています。つまり、会社によっては、親の通院付き添い、入院手続き、退院調整で休んだ分が、そのまま減収になるのです。
国税庁の令和6年分民間給与実態統計調査では、50~54歳の平均給与は559万円、45~49歳では540万円です。これを単純に日割りすると、50~54歳の人が5日休めば約7.8万円、10日休めば約15.5万円、45~49歳でも5日で約7.5万円、10日で約15万円の減収になります。介護が始まった直後は、まだ体制も整っておらず、最も休みが必要になりやすい時期です。準備なしだと、この“初動コスト”がいきなり家計を削ります。
2.介護休業を使っても、収入は満額ではない
介護休業は、対象家族1人につき3回まで、通算93日まで取得できます。けれども、休業中の給付は休業開始時賃金日額の67%相当です。つまり、制度を使えても、約3分の1は収入が減ることになります。
たとえば、50~54歳の平均給与559万円を前提にすると、月額換算は約46.6万円です。93日分を約3.1か月とみなし、その33%が減ると、介護休業だけで約47.7万円の収入減になります。45~49歳の平均給与540万円でも、同じ計算で約46.0万円の収入減です。これはあくまで給与ベースの単純計算で、賞与や各種手当、評価への影響までは入れていません。現実には、家計への重さはもっと大きく感じやすいはずです。
3.離職すると、損失は一気に「数百万円単位」になる
もっとも大きいのは、やはり介護離職です。
経産省や厚労省の資料でも、介護離職は毎年約10万人規模の課題として扱われています。しかも、介護離職の問題は「その時だけの収入減」で終わりません。厚労省の実務資料でも、介護離職は介護が終わった後も生活基盤を脅かす問題だと指摘されています。
50~54歳の平均給与559万円、45~49歳の平均給与540万円を基準に考えると、
1年間仕事を離れれば、単純に約540万~559万円の収入が失われます。
2年間なら約1,080万~1,118万円です。
しかもこれは、あくまで年間給与の単純合計にすぎません。
昇給の機会、賞与、社会保険の積み上がり、退職金への影響、再就職後の年収低下は含んでいません。だから、介護離職の本当の損失は、見た目の年収以上に大きくなりやすいのです。
なぜ「準備」が、これほど大きな差を生むのか?
ここまで読むと、「結局、介護は起きてから対応するしかないのでは?」
と思われるかもしれません。
たしかに、介護そのものを完全に防ぐことはできません。
でも、損失の大きさは準備でかなり変えられます。
厚労省の介護保険制度の案内では、要介護認定の通知は原則として申請から30日以内です。
つまり、親が倒れてから申請しようとすると、介護サービスの本格利用まで1か月前後の調整期間が生じます。この間に、家族が仕事を休み続ける、退院後の受け皿が見つからない、焦って高額な施設に入れてしまう、といったことが起きやすくなります。
実務資料でも、病院の入院期間が短い中で、準備がないまま退院を迎え、高額な有料老人ホームにいきなり入れて息切れしてしまうケースがあると指摘されています。
逆に、元気なうちから準備していれば、
誰がキーパーソンになるか?
親の通院先や服薬状況はどうなっているか?
仕事の制度は何が使えるか?
地域包括支援センターにいつ相談するか?
を先に整理できます。
この差が、突然の介護に直面したときの欠勤日数、混乱、無駄な出費を大きく変えるのです。厚労省のヒアリングでも、介護離職防止には、早い段階での情報提供と、地域包括支援センターやケアマネジャーへの接続が重要だとされています。
まとめ
介護は、家族の気持ちの準備ができた頃に始まるわけではありません。
転倒、入院、手術、認知症、退院調整。
そんな出来事をきっかけに、ある日突然、仕事と家計を同時に揺らす問題として始まります。
そして、準備がない場合の損失は、
数日の欠勤で数万円、
介護休業で40万~50万円前後、
離職すれば数百万円から1,000万円超へと、
あっという間に大きくなっていきます。
だからこそ、介護準備の価値は、「気持ちの安心」だけではありません。
働き方と家計を守るための、現実的な防衛策なのです。
「親のことで何から準備したらいいか分からない」
「今の仕事を続けながら、どこまで備えればいいのか知りたい」
そんな方は、問題が起きる前に一度整理しておくことをおすすめします。
第5話では、「介護離職で失うのは給料だけではない」というテーマで、離職が将来の働き方や老後資金にどう響くのかを、さらに掘り下げていきます。
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