昔描いた中性ヨーロッパ風ダークファンタジーの一文です。
世界観は自分で作りました。
サービス検討するのにいいかなと思ってアップいたします。
切り取りなのでキャラの説明とか一切ないのですが読めるはずです・・・!
帝国領の冬は雪がよく降る。
寒さでは西ルーニアの方が遥かに寒いが、この季節になると帝国首都、ルーニアの国境に近い地域はどんよりとした暗雲に覆われていた。
暖炉に蒔きを焼べ、マントを羽織る。窓から見える灰色の世界は昼間だと言うのに暗い。
この度、薔薇十字同盟国はヴィクローザより届けられた自分宛の熱烈な宣戦布告の手紙の封を切り、帝国王ネージュは机に向かって溜息を吐いた。
"勝利の暁には貴方を荊の籠で愛でる事をここに誓います"
何がどうなってヴィクローザの心に火を付けたかは知らないが、ネージュはたいそう薔薇十字の女王に気に入られたらしい。
自分からふっかけた戦争ではあるが相手がここまで心を狂わせると思わなかった。
しかし成さなければならない事がネージュにはある。育ての母と言っても過言であるエリース、最期の願い。
マリーとヴィクローザが争い合いエリースの愛した薔薇十字を滅ぼす火種となるのなら、燃え尽きる前に帝国が薔薇十字を滅ぼす。
子供の我儘染みた約束で、子供の我儘そのものの様なエリースに対する執着心。
それ以外にも理由は多々ある。先先代の時代からこの近辺の海は薔薇十字が仕切っていた。
その海域にある資源は帝国は欲しい。余り暖かいと言えない気候の帝国では王国や教主国と比べて実りが少ない。
常冬と言われる聖国などは全く作物の育たない地があるらしい。そして遥か東に森すら無い草原。
帝国としても、その同盟にある聖国にしても薔薇十字が牛耳る海は魅力的なモノだった。
ネージュはエリースとの約束を口実に海の所有権を手に入れたいのだ。純粋と称されるネージュにも打算的な所はある。否、見せないだけで黒い所だらけだ。
周りの者達は勝手にネージュを純朴な優しい青年と賞賛する。路地裏で苦しみながらも生き、国を奪還した強き王と。
開封したヴィクローザからのラブレターを流し見て、意味の無いモノと判断。暖炉の中に捨てる。
狂気とも言える純粋で甘酸っぱい恋文はいとも容易く黒く焼け焦げ炭になった。
甘い甘い暖かい場所で教養を積んだヴィクローザの書く文章は装飾ばかり綺麗で全く魅力的では無いし、理解が出来ない。
そもそもネージュには余り学が無い。貴族や王族の使う言葉の殆どはエリースに鍛えられ、やっと理解出来る様になったのだ。
育ちの悪さは言葉に出る。素のネージュが使う言葉を聞いたら、みな仰天するだろう。そして失望するだろう。
「燃やしてしまっても良いんですか?」
部屋の隅のから、影のように現れたのは、黒翼の扇であった。
他国から送られてきた親書を捨てた事に理解不能な風に首を傾げている。
何時から其処に居たのかなどネージュが知る由も無い。黒翼は常に王の陰にあり、王を守る翼。
密偵、暗殺、監視、情報操作、帝国の暗部を司るのがこの部隊の役目だ。
王も例に漏れず、黒翼の観察対象であり、最重要保護対象。突然、彼等が部屋から現れたと言って驚く事は無い。
「意味のあるものでは無いからね」
「...そうですか。それならば良いのですが。...知っておられますか?帝よ」
「うん?」
「幸蔵...今はキリカと名乗っている様ですが、彼女が薔薇十字軍、マリーの下に付きました」
「それは、キツイな」
扇の台詞にネージュは苦笑する。
久々に聞いた名前だが、まさか敵対する国の元に居るとは思いもよらなかった。
あの流れ者の事だから、有り得ない事では無いが。
「何でも行き倒れになっていた所を助けられたとかで」
「ふぅん」
運命の皮肉。キリカはずっと昔、帝国の路地裏でネージュが細々と生きていた時代、行き倒れていたネージュを助けた。
当時、彼女がネージュの額に掘られた帝国王白夜の民の刺青に気付き、軍が独裁していた帝国を抜け出し、イスリル経由でネージュをエリースに友を伝い預けたのだ。もう何年も前の話。
今度はそんな彼女が行き倒れるとは。死と隣り合わせに世界はある。
「戦場では彼女が敵になるのかもしれないのか...」
「心苦しいですか?」
「当たり前だよ。命の恩人、運命の起点。思う所は多々ある。何処に旅をしていると思ったら...」
言ったネージュは扇を見て居なかった。遠い遠い過去に想いを馳せる。
物心ついた時既に母と治安の悪い路地裏で暮らしていた。世間知らずそ母は身辺の物を売り、食い繋ぎ、そして他人に騙され病に伏し死んだ。
一国の姫の最期としては無残な死に際であろう。それでも母はあの城に居たくなかったのだ。近衛騎士であった父との婚姻を反対され、愛した人を殺されたあの城に。
残されたのはネージュと日々朽ちる母の骸。世間知らずの元お姫様の子供が、まだ元服もして居ない幼子が生きる術など知らず、すぐに借りていた襤褸屋を追い出された。
母の遺骸は路地裏に放置され、行く宛も無いネージュは襤褸い服と薄い毛布を羽織って彷徨う事になる。
どんなに寒い夜でも、雪の日でも暖など無い。時折、差し伸べられた手は悪意に満ちていたし、肌を這う手は気持ち悪かった。
自由過ぎて何処へでも行けない。ネージュが路地裏で覚えた事と言えば、他者への媚び方と耐え方だけだ。現実逃避の方法も生きていく為に必要なモノの一つ。
そうして一日、一日を過ごす日々の中で、彼女、キリカが現れた。
丁度その日は寒い冬の日で、酔っ払いと諍いを起こし空き瓶で殴られた所を助けられた。
最初は肚に一物抱えた人買いの類かと思ったが、唯のお人好しであった。頭に怪我をしたネージュを看病してやると強引に頭に巻かれた包帯を解いたのが全ての始まり。
まだ母が生きている時代、世間知らずの母から教わった、口酸っぱく言われた事は『額の刺青は誰にも見せてはいけない』と、言う事。
それこそが"帝国王白夜の民の血筋である事"の証明だったからだ。
そしてそれを知ったキリカは...、先程ネージュが回想した通り、彼の手を取り先ずは知り合いの居る教主国へ。そして偶然居合わせたエリースがネージュを保護し、やがては帝国軍が独裁と弾圧を敷く箕島将軍への抵抗頭に、国を解放した英雄へとネージュは変貌して行く。
「帝よ、今日こそ舞踏会に出席なさりますよね?」
「...オルドュールと天城さんは来ている?」
「オルドュール公が顔を見せる事はまず無いですが、ベルナール公は来ておられますね」
天城、真名はベルナール。天城はネージュの遠い遠い親類に当る白夜の民の末裔で、先の帝国奪還戦争では箕島派についていた元貴族。
「困ったな。彼は苦手なんだけれど」
天城はネージュが思い描く高慢きちな貴族を絵に描いた様な人物だ。軍人として、または主としてネージュを認めてはいるが自尊心が途轍もなく強い。
嫌味もちくちく言ってくるし、本人もネージュの事が好きでは無いとネージュ本人の前で公言している。
前にオロールと晩餐会で会話をしていた時に、ネージュと、オロールと同伴で来ていたシャリテをさして「何時からこの神聖な城に花売りが堂々と談笑するのか!」と、嘲笑した事さえある。
シャリテも路地裏の出身で、確かに事実ではあるのだが。その件でオロールは酷く天城を恐れる様になった。
野心が強く三銃騎のオロールにも対抗心を燃やす、非常に扱い難い。それが天城である。
「幾ら取り繕っても、お前の根性には薄汚い路地裏の性根と臭いが染み付いている。穢れた王だ」
天城はそう言った。
「しかしこの戦争も安泰だな。薔薇十字の小娘がお前にご執心ならば、劣勢になれば、お前を差し出せば戦争終結の協定を結んでくれるやもしれぬ。お前も男娼冥利に尽きるよな?」
前線に自ら志願した時、こうも言った。
ネージュは言い返さなかった。言い返せなかったと言った方が正しい。
しかし内心では冬の中を素足で彷徨い歩く痛みも、偏執狂共に媚びる嫌悪感も知らない、甘い甘い場所育ち、軍人となってからも安全な場で指揮を執る、甘い甘い生を謳歌した者が何を言うのか。と、怒りが満ち溢れそうになっていた。
天城で無かったら怒っていただろう。確かに天城はその様な生を送って来た。帝国解放戦争であの雪原でネージュに打ち負かされる前は。
一人負傷し吹雪の中敗走した天城の気持ちなどネージュは知らない。知った所で解り合えない事を解っている。
痛みの共有も幸福の共有も生あるものは出来ないのだから。
しかし負かされて思う所があるから天城はその後、ネージュに従う様になり自ら前線に赴く兵士になったのだろう。
「帝よ、顔色が優れない様ですが」
「少し、考え事をしていた。頭を使う事が多くて疲れる。舞踏会は出席はするが、程々にして休むよ」
「畏まりました。では、ご準備を。私は引きますゆえ」
そう言うと扇は現れた時と同じ様にして部屋の隅、闇に解ける様に消えた。
一先ずマントを壁に掛け、出先用の少し高価な服に着替える。
それはまるで娼婦が仕事に出る為にドレスに着替える様な、そんな意味合いを感じさせる動作。
どんなに着飾り隠した所で生まれの高貴さは消える事は無い。どんなに着飾り隠した所で育ちの劣悪さは消える事は無い。
どこまでもちぐはぐな存在。
時折、貴族達が囁いているのをネージュは知っている。彼等はおべっかを使いネージュを讃える一方で厭な事を囁き合う。
決して天城や浄智の様にめんと向かって批難、嫌味を言ったりはしないが、ネージュをさして『けもののおうさま』と呼んでいる。
舞踏会に、晩餐会に、社交界に出るのは少々憂鬱であった。それでも公務であるからこそ、ネージュは耐える。
帝国に君臨する王として。彼は逃げる事を知らない。
終