“全部”って言葉は、苦しい時のSOSなんだよ

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コラム
梅雨が明ける前の、湿った午後。

空気は薄い水色で包まれ、
窓の外は薄曇り。

風はほとんどなく、
ただ静かだった。

放課後の教室で、
凪はプリントをまとめていた。

そこに真帆が、
勢いよく机に手をつく。

「ねぇ、聞いて!今日もう最悪だった!」

凪は顔を上げた。
(まただ……でも今日はまだ心に余裕がある)

「どうしたの?」

すると真帆は一気に言葉を溢れさせた。

「部活でもう嫌われてる!
   先生にも無視された!
 しかも家でも話聞いてもらえないし、
   もう全部ダメ!」

全部。
また“全部”だ。

凪はそっと呼吸を整えながら聞き続ける。

「私なんかいない方がいいんだって、
   ほんとに…全部うまくいかない!」

(全部じゃない)
そう言いかけて、凪は口を閉じた。

“全部うまくいかない”
“全部ダメ”

真帆が苦しいとき、
彼女は世界を白か黒かで
分けてしまう癖があった。

でも今日は、
凪の中に不思議な余裕があった。

雨の日の帰り道、
悠真の沈黙がくれた安心は、
まだ胸に残っている。

凪は真帆に向かって、小さく微笑んだ。

「……今日は、
  何が“いちばん”つらかった?」

真帆は目を瞬かせた。

「え?いちばん?」

「うん。“全部”じゃなくて、
   “いちばん”を教えてほしい」

その問いに、真帆はしばらく黙ってから、
ゆっくり座った。

「……先生に冷たくされたのが、
   いちばんつらかったかも」

「そっか。ありがとう、教えてくれて」

凪は心の中で小さくガッツポーズをした。

白黒で縛られていた真帆の世界に、
ひとつ色が戻った気がした。

「あと……部活のあの子にも、
   ちょっと嫌な顔されて」

「それは“二つ目”?」

「あ、うん。二つ目かも」

真帆は少し照れたように笑った。

(よかった……白と黒のあいだに、
    “順番”という薄いグレーが戻った)

凪は、
真帆が落ち着くまで隣にいて、
その日の帰り際にこう言われた。

「なんか、今日の凪、すごく優しかった」

凪は驚いた。
(優しい……?
   あの“べき”も“こうした方がいい”も
    言わなかったのに?)

でも、少しだけ嬉しかった。

夕方の図書室。

ゆっくりした時間の流れの中、
悠真が窓際の席に座っていた。

「おつかれ」
凪が声をかけると、
悠真はページを閉じた。

「今日、機嫌よさそう」

「うん、ちょっとね。
   あのね、
   白黒で全部決めつけちゃう友達がいて……
 でも今日は、
    それに巻き込まれなかった」

悠真は「へぇ」と言いながら、
椅子を引いて凪の方を見る。

「どうやって?」

凪は少し誇らしげに言った。

「“全部ダメ”って言われたから、
   “いちばんはどれ?”って聞いてみたの」

悠真の口元に、
すぐ笑みが浮かんだ。

「それ、すごいな」

「すごい?」

「うん。
  “全部”って言葉は、
   苦しい時のSOSなんだよ。
 そこに“たった1つ”の色を混ぜられる人って、
   なかなかいない」

凪は照れたように笑う。

「でもね、悠真のおかげなんだよ」

「え、俺?」

「うん。雨の日に、
  “沈黙には種類がある”って
   言ってくれたから。
 白か黒かじゃない、
   あいだにいろんな色があるって知ったの」

悠真は目線を窓の外に向けた。

曇り空の下を歩く生徒たちの影が、
グラウンドにゆっくり伸びる。

「……俺さ」
珍しく悠真の声が少し低い。

「昔、白黒しか見えなかったんだよ。
 誰かが落ち込んでたら
   “こうすればいいじゃん”って、
    白で上書きしようとしてた」

凪は耳を傾けた。

「でも、それって押しつけでさ。
   相手の気持ちは黒のままで、
 俺だけ“正しいこと言ったつもり”
   になってた」

「……うん」

「凪は今日、
  “白にも黒にも染めなかった”んだろ。
 ただ、その人の色を教えてもらっただけで」

凪は胸の奥が温かくなるのを感じて、
思わず目をそらした。

(そうか……だから真帆は落ち着いたんだ)

悠真は照れたように言った。

「俺も、そんな聴き方してみたい」

凪が笑うと、悠真は少し肩をすくめた。

「今日の凪、なんか強いな」

「強い?そんなことないよ」

「ううん。強いよ。
   本当に強い優しさって、
   白でも黒でもないんだと思う。
 間の色を見ようとする
   気持ちなんじゃないかな」

凪は言葉を失った。

図書室の窓に、
雲の切れ間から淡い光が差し込む。

それは白でもなく、黒でもない――
薄い金色の光だった。

夜。
凪は今日も日記を開く。

《今日の気づき》
・“全部ダメ”の裏には、
   “いちばん辛かったこと”が隠れている。
・白と黒のあいだには、数えきれない“色”がある。
・相手を変えるのではなく、
   色を一緒に探すという関わり方がある。

そして最後に、こう書いた。

・私の心の中にも、
   まだ見えていない色がある。

スマホが震える。

《今日の話の続き、聞きたかった。
   次、時間ある?—悠真》

《あるよ。明日、また図書室で》

送信して、凪はペンを置いた。

部屋の電気を消すと、
窓際にうっすらと月が浮かんでいた。

その光は白にも黒にも染まらず、
ただ静かに世界を照らしていた。

  人の心も、きっとそう。
  白か黒かじゃなく、
その間に広がる“まだ言葉にならない色”たち。

凪は目を閉じた。

明日、
またひとつ色を見つけられる気がした。
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