翌日の放課後、柚は屋上にいた。
夕方の風が制服の袖を揺らして、
遠くのチャイムの音を運んでくる。
空は昨日より少し曇っていて、
淡い光が校舎の壁をやさしく染めていた。
今日もまた、クラスでちょっとした出来事があった。
友達同士の言い合い。
自分には関係ないはずなのに、
気づけばその空気の重さを全部吸い込んでしまっていた。
「なんで、私がこんなに疲れてるんだろう……」
自分でも分からない。
ただ、誰かが怒られているとき、胸の奥に痛みが走る。
まるで自分が責められているみたいに。
「また考えすぎてる?」
不意に声がして、顔を上げると新くんがいた。
屋上の扉の影にもたれかかって、空を見ている。
「……どうして分かるの?」
「分かるよ。君、そういう顔してる」
柚は苦笑した。
「わたし、すぐ人の気持ちに飲まれちゃうんだ。
怒ってる人がいると、自分が悪いみたいに感じちゃうの」
新くんはしばらく黙っていた。
そして、風に前髪を揺らしながら静かに言った。
「ねぇ柚。
人の感情ってさ、風みたいなものだと思うんだ」
「風?」
「うん。たとえば、誰かが怒ってるとき、その風が強く吹いてくる。
でもね、その風を“全部吸い込む”必要はないんだよ」
柚は息を呑んだ。
新くんの言葉が、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。
「僕たちは、自分の空気を守っていい。
優しい人ほど、相手の風まで自分の中に取り込んで苦しくなっちゃう。
でも、それは“相手の風”なんだ」
柚はしばらく黙って空を見上げた。
灰色と茜色がまじり合う夕空が、まるで心の模様みたいだった。
「……境界線、ってやつだね」
「そう。君は人の気持ちを感じ取る才能があるけど、
その才能は“風を見分ける力”にも使えるはずだよ」
そう言って、新くんは笑った。
「感じ取ることは悪くない。
でも、全部を“自分の責任”にしなくていい」
柚の目に、夕焼けの光がにじんだ。
“優しい自分を責めていた”時間が、少しずつほどけていくのを感じた。
風がまた吹く。
けれど、その風はもう痛くなかった。
遠くから吹いてきて、頬を撫で、そして通り過ぎていく。
「ねぇ新くん」
「うん?」
「わたし、少しずつ分かってきた気がする。
繊細って、悪いことじゃないんだね」
「うん。君は、風の中でちゃんと立ってるよ」
夕陽が沈みかけ、空が金色に染まる。
その光の中で、二人の影がゆるやかに重なった。