文化祭の前日。
放課後の教室は、いつもより少し騒がしかった。
飾りつけのカラーテープが舞い、
ペンキのにおいと笑い声が混ざり合う。
柚は教室の隅で、照明のコードをまとめていた。
担当は「照明と音響」。
派手な役割ではないけれど、
光のタイミングひとつで舞台の雰囲気が変わる。
そんな“見えないところの大切さ”が、なんとなく好きだった。
「柚、それ、あとで体育館に運んでくれる?」
クラスメイトの声に、柚は笑顔でうなずく。
「うん、任せて」
けれど、心のどこかで少しだけザワザワしていた。
――また、誰かに頼まれたら断れないな。
やっぱり「いい人」でいようとしちゃう。
でも、今日は少し違った。
自分を責めるかわりに、小さくつぶやいた。
「わたし、誰かのために動けるのって、悪くないかも」
体育館では、すでにステージリハーサルが始まっていた。
新くんはピアノの前に座り、
クラス劇の挿入曲を確認している。
「やあ、照明さん」
柚を見ると、少し笑って手を振った。
「ねぇ、明日、本番でこの光、どんな色にするの?」
「オレンジかな。あったかくて、優しい感じにしたいの」
「いいね。君っぽい」
柚は思わず顔をそらした。
でも、胸の奥が少しだけふわっと軽くなった。
リハーサルが終わったあと、体育館の灯りが消える。
残ったのは、窓から差し込む夕暮れの光だけ。
新くんが鍵盤に手を置いた。
「光ってさ、不思議だよね」
「え?」
「強すぎると眩しくて見えないけど、弱すぎると何も見えない。
でも、ちょうどいい光は、人の心を包むんだ」
柚はその言葉を聞きながら、ゆっくり頷いた。
「うん……そうだね。
わたし、これまでずっと、“強くなろう”って思ってた。
でも、“優しく照らす”っていうのも、いいかもしれない」
「うん。君の光、ちゃんと届いてるよ」
新くんの声が静かに響いた。
その瞬間、柚の胸の奥に、何か温かいものが灯った。
それは、夕陽の残り火のように小さく、でも確かに燃えていた。
体育館の窓から射す光が、新くんの横顔を照らす。
その輪郭が、少しだけ滲んで見えた。
胸の奥で“何か”が弾ける音がして、
同時に、世界の色がほんの少し変わった気がした。
――この瞬間を、ずっと忘れない。
そんな予感だけが、やわらかく心に残った。
誰かのために動く優しさも、
自分を守る境界線も、
どちらも“光”の形なんだと気づいた。
帰り道、風が頬を撫でた。
校舎の窓には、
まだ作業を続けるクラスメイトたちの影が見える。
その光景が、どこか胸に沁みた。
「……明日、きっと大丈夫」
柚は小さく呟いた。
その声は、夕暮れの空に溶けていった。