迷うってことは、優しくありたいってことだから
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コラム
文化祭が終わって数日。
学校のざわめきはいつもの日常に戻っていた。
だけど、柚の心には、
まだあの日の光が残っていた。
あのオレンジ色の照明。
新くんのピアノの音。
そして、舞台袖で感じた“誰かを照らす喜び”。
それは、胸の奥でずっと消えない灯りになっていた。
放課後の音楽室。
窓から差し込む光が、
静かに鍵盤を照らしている。
柚はそっと扉を開けた。
ピアノの前には、新くんがいた。
「……また来たんだね」
「うん。あの曲、もう一度聴きたくて」
彼は少し笑って、鍵盤に指を置いた。
優しい音が流れ始める。
それはあの日の曲──
けれど、どこか違っていた。
新しいフレーズがひとつ、加わっていた。
「これ……続き?」
「うん。君を見てたら、浮かんだんだ」
「私を?」
「君の光、ちゃんと覚えてる。
あのオレンジ色の照明、
僕の音よりもあたたかかった」
柚の胸が、ふわりと熱くなった。
その言葉を聞くだけで、
あの日の夕焼けが、
心の中にもう一度広がっていく。
音が静かに止まる。
新くんが顔を上げて、
少し照れたように言った。
「ねぇ、柚。
人の気持ちに敏感なのって、すごい才能だと思う。
柚は、僕なんかよりずっと、人の心の音を聴ける人だよ」
柚は目を伏せた。
「……でも、まだ怖いときもあるよ。
相手の気持ちに飲み込まれそうになるし、
自分の心がどこにあるか分からなくなるときもある」
「それでもいいんじゃない?」
新くんは言った。
「迷うってことは、優しくありたいってことだから」
その言葉に、柚の視界がゆっくり滲んだ。
涙じゃない。
ただ、胸の奥がじんわりとあたたかくなる感覚。
「ねぇ、新くん」
「ん?」
「わたし、少しだけ夢ができたかもしれない」
「夢?」
「うん。人の“光”を見つける仕事がしたい。
絵でも、音でも、言葉でもいい。
誰かが“自分を好きになれる瞬間”を作れたらいいなって」
新くんは静かにうなずいた。
「きっと、できるよ。君なら」
その声が、まるで未来への約束みたいに響いた。
窓の外では、春の風が吹いていた。
淡い光の粒が舞い、遠くで鳥の声が聞こえる。
柚はふと、笑った。
――あのとき感じた“灯り”は、もう揺れていない。
しっかりと、自分の中で燃えている。
そして今、
その光を、誰かと分け合える気がしている。
それは、まだ遠く小さな夢。
けれど、確かに“未来”の始まりだった。
柚と新の物語は、ここでひとつの季節を終える。
でも、
彼らの心に灯った光は、これからもずっと消えないだろう。