文化祭の朝。
校舎の廊下は、にぎやかな声とポスターの色で満ちていた。
柚は照明機材を抱えながら、体育館のステージへと向かう。
空は少し曇っていたけれど、不思議と心は晴れていた。
「今日は、ちゃんと光を届けよう」
そう小さくつぶやいて、胸の奥で深呼吸をした。
リハーサルのときよりも、客席はずっと広く見えた。
ざわめきの向こうで、新くんがピアノの前に座っている。
彼の表情は落ち着いていて、それだけで心がすこし安心した。
開演のベルが鳴る。
幕が上がると、ステージの上の空気が変わった。
演者の声、ピアノの音、観客の息づかい──
そのすべてが、ひとつの世界を作り出していく。
柚は手元のスイッチを握りしめた。
光を送るタイミングを計りながら、
“今、この瞬間”に自分が生きていることを感じていた。
劇の終盤、
ピアノの旋律が静かに流れ始めた。
その音は、昨日新くんが言っていた「人を包む光」みたいだった。
優しく、やわらかく、誰かの心に届くための音。
柚は息を整え、スイッチを押した。
天井から降り注ぐオレンジの光が、舞台を満たしていく。
光が俳優たちの背中を照らし、
舞台袖の空気まで金色に染めていく。
――その瞬間、柚は確かに感じた。
自分の中にあった“灯り”が、
ステージの上に広がっていくのを。
観客席から拍手が起こった。
幕が下りても、
しばらくその音は止まらなかった。
柚は胸に手を当てて、静かに息を吐いた。
「ちゃんと届いたんだ……」
そのとき、舞台裏に新くんがやって来た。
少し汗ばんだ額をぬぐいながら、にこっと笑う。
「見たよ、君の光」
「……気づいた?」
「もちろん。あのオレンジ色、君らしいなって思った」
その言葉に、柚の頬が少し熱くなった。
でも、照れくさいのに嫌じゃなかった。
むしろ、
胸の奥で静かに灯りが強くなっていく気がした。
外に出ると、
空の雲が少しずつ晴れ始めていた。
太陽の光が校庭の向こうを照らし、
風が吹くたびに木の葉がきらめいた。
柚はその光景を見上げながら、
胸の奥でそっとつぶやいた。
「これからも、誰かを照らせる光でいたいな」
新くんが隣で微笑む。
その笑顔は、まるで新しい季節の始まりのようにあたたかかった。