多分、“ちゃんと生きる”ってことだよ

記事
コラム
三月の終わり。
校舎の裏の桜が、ようやく咲き始めていた。

風はまだ少し冷たいけれど、
その中に確かに春の匂いが混ざっている。

放課後のグラウンド。

あの日の雨が嘘のように、
土は乾き、白線が新しく引かれていた。

柚は一人、ベンチに座っていた。

膝の上に、使い込まれたノート。
表紙は泥の跡で汚れ、
端は雨に溶けたように波打っている。

ページをめくると、
小さな文字がびっしり並んでいた。

“ありがとうが言えた”
“笑ってパスを出せた”
“転んでも立てた”
“もう一度蹴れた”

文字のひとつひとつが、
泥と汗と涙の跡のように光って見えた。

陽菜がやってきた。
髪をひとつに結び、
ユニフォームの袖をまくっている。

「キャプテン、先生、待ってるよ」

「うん」

柚はノートを閉じて、
ゆっくり立ち上がった。

二人で歩きながら、
ピッチの中央まで進む。

神谷先生がゴールポストの前に立っていた。

周りには後輩たちの姿もある。
次の世代の新しい顔。

「今年のキャプテンを紹介する」
先生の声に、
少しだけざわめきが起こる。

「柚と陽菜の背中を見てきた、
 新チームの要だ」

拍手の音が風に混ざる。
その音を聞きながら、
柚は静かに空を見上げた。

雲が流れていく。
光が、ピッチの上に降り注ぐ。

部室に戻る途中、
陽菜が言った。

「ねぇ、キャプテン」
「ん?」
「“三百の約束”って、結局なんだったんだろ?」

柚は少し笑って、
ノートの表紙を指でなぞった。

「多分、“ちゃんと生きる”ってことだよ」

「ちゃんと、生きる……」
「うん。勝つとか、負けるとかじゃなくてさ。
 誰かのせいにしないで、自分で立つってこと」

陽菜は黙って頷いた。
その横顔を見ながら、
柚はふと思った。

(このチームは、もう大丈夫だ)

帰り際、風が吹いた。

白い桜の花びらが舞って、
グラウンドの方へと流れていった。

柚は立ち止まり、
そっと目を閉じる。

(ありがとう──)

声にはならなかったけれど、
心の中で確かに響いた。

それは、
三百の約束を越えた“ひとつの祈り”のようだった。

夕陽が差し込み、
グラウンドが光に包まれる。

その光の中で、
少女たちはまた新しい一歩を踏み出した。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら