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柚たちの時と同じように、 オレンジ色の空の下で

ページが一枚、めくれた。空がオレンジ色に染まっていた。グラウンドの風が止み、音のない世界に、かすかな匂いだけが残っていた。それは、雨上がりの泥と、白線の石灰と、そして桜のつぼみが開く前の香りだった。ノートのページは、ゆっくり閉じて静かに止まった。春。新しい年度の初め。グラウンドの白線は引き直され、古いゴールネットが新しいものに変わった。柚と陽菜の姿はもうない。けれど、彼女たちが残したノートは部室の棚にあった。表紙の文字はかすれ、端にはまだ泥の跡が残っている。「……これ、ほんとに書いてたんだ」ノートを開いたのは、新キャプテンの芽衣(めい)。二年生になったばかり。背は低いけれど、声は大きい。彼女はページをめくりながら、小さく呟いた。「“今日、できたこと──やめなかった”」指先が止まる。何かを感じるように、ページをそっと撫でた。「……やめなかった、か」その言葉が、胸の奥に響いた。放課後のグラウンド。風がまた吹き始めた。芽衣は部室のドアを開けて叫んだ。「みんな! ノート書いて!」「え、また? 前のキャプテンの真似?」「だって、あれ先生がやらせたんでしょ?」誰もが笑った。だけど、芽衣は笑わなかった。「違う。あれ、“やらされたこと”じゃない。 “続けてきたこと”なんだよ」空気が変わった。少しだけ、真面目な沈黙が流れた。芽衣はノートを胸に抱えて言った。「私たちも、“できたこと”を書こう。 勝てなくても、うまくいかなくても。 ここに立ち続けたことを残したい」誰かが言った。「めんどくさいけど……じゃあ、やるか」笑いが戻る。でも、その笑いの奥に、ほんの少しの誇りが混ざっていた。夕方。芽衣がノートを
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多分、“ちゃんと生きる”ってことだよ

三月の終わり。校舎の裏の桜が、ようやく咲き始めていた。風はまだ少し冷たいけれど、その中に確かに春の匂いが混ざっている。放課後のグラウンド。あの日の雨が嘘のように、土は乾き、白線が新しく引かれていた。柚は一人、ベンチに座っていた。膝の上に、使い込まれたノート。表紙は泥の跡で汚れ、端は雨に溶けたように波打っている。ページをめくると、小さな文字がびっしり並んでいた。“ありがとうが言えた”“笑ってパスを出せた”“転んでも立てた”“もう一度蹴れた”文字のひとつひとつが、泥と汗と涙の跡のように光って見えた。陽菜がやってきた。髪をひとつに結び、ユニフォームの袖をまくっている。「キャプテン、先生、待ってるよ」「うん」柚はノートを閉じて、ゆっくり立ち上がった。二人で歩きながら、ピッチの中央まで進む。神谷先生がゴールポストの前に立っていた。周りには後輩たちの姿もある。次の世代の新しい顔。「今年のキャプテンを紹介する」先生の声に、少しだけざわめきが起こる。「柚と陽菜の背中を見てきた、 新チームの要だ」拍手の音が風に混ざる。その音を聞きながら、柚は静かに空を見上げた。雲が流れていく。光が、ピッチの上に降り注ぐ。部室に戻る途中、陽菜が言った。「ねぇ、キャプテン」「ん?」「“三百の約束”って、結局なんだったんだろ?」柚は少し笑って、ノートの表紙を指でなぞった。「多分、“ちゃんと生きる”ってことだよ」「ちゃんと、生きる……」「うん。勝つとか、負けるとかじゃなくてさ。 誰かのせいにしないで、自分で立つってこと」陽菜は黙って頷いた。その横顔を見ながら、柚はふと思った。(このチームは、もう大丈夫だ)帰り際、風が吹
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