奈央さんは、ここ最近ちょっとだけ運が悪いと感じていた。
朝はバスに乗り遅れ、スーパーでは欲しかった食材が売り切れ。
家に帰れば郵便受けには電気代の値上げ通知。
気づけば、口から出るのは
「はぁ、ツイてないな…」ばかり。
そんなある日、近所の喫茶店でお茶をしていると、隣の席から朗らかな笑い声が聞こえてきた。
「今日、傘忘れてびしょぬれになっちゃったのよ〜、なんてねっ!」
――なんてねっ?
耳を傾けていると、その女性はちょっとした不運や愚痴を言ったあとに、必ず「なんてねっ!」と付け加えていた。
不思議なことに、その一言で、場の空気がふわっと軽くなる。
真似してみようかな。
翌朝、洗濯物を干そうとしたら突然の雨。
いつもなら「最悪…」と眉をひそめるところだが、奈央さんは小さく言ってみた。
「最悪だなぁ…、なんてねっ!」
驚くほど、胸のモヤモヤが軽くなった。
それからというもの、
「靴下が片方なくなった…、なんてねっ!」
「コーヒーこぼしちゃった…、なんてねっ!」
と、失敗も笑い話のように変わっていく。
ある日、久しぶりに友人と会ったとき、
「奈央ちゃん、前より明るくなった?」
と聞かれ、奈央さんはにっこり笑った。
「うん、“なんてねっ!”のおかげかな。」
言葉ひとつで、心の色は変わる。
心の色が変わると、不思議と運の巡りまで明るくなっていく。
今日も奈央さんは、小さくつぶやく。
「またバスに間に合わなかった…、なんてねっ!」
――その笑い声と一緒に、小さな幸運もやってくる気がしていた