「生まれてきてよかった」と思えないこと。傷の回復に人生を費やすこと。

「生まれてきてよかった」と思えないこと。傷の回復に人生を費やすこと。

記事
コラム

「生まれてきてよかった」と思ったことがない私は、
誕生日に「おめでとう」と言われて、

嬉しい気持ちもあるけれど、

口だけで「ありがとう」とお礼を伝えて、
心からお祝いを受け取れていないことに
一抹の罪悪感のようなものがありました。


お祝いの言葉やプレゼントを、
心を震わせ、
とてつもない歓びとして受け取れたら、
どんなに素敵だろう!と思います。


いつかそうなれるといいな。
なれるかな?


そんな思いがずっと渦巻いています。


*

これまで自分の誕生日は「いつも通りの1日」でした。
何か特別なことをすることもなく、
仕事を休むこともなく、
「普通の日」でした。


自分で自分の誕生日を祝う、という感覚がありませんでした。


*

私の尊敬する友人は、
自分の誕生日はお休みを取って、
特別な日を過ごします。


それは何年も前から聞いていて、
すごいなぁ.…素敵だなぁ.…と思っていたのですが、


なぜかそれを自分にもしてあげよう、という発想が
わいてこなかったのです。


素敵だと感じても、その素敵さが自分に該当するとは思えず、
「素敵な人がすること」という感じでした。


*

今年の私の誕生日、
本当にふと「特別な日にしてみようかな」という思いが
わいてきました。


特に用事もない日でした。


数日前、偶然に知り合いから、おススメの温泉を
教えてもらったのです。


いつか行こう!と思っていましたが、
誕生日に行ってみようかな…と。


*

誕生日当日、急遽、所要がはいり、
そのおススメの温泉(遠方です)に行く時間が確保できませんでしたが、


車で30分程の海を見渡せる高級旅館のランチと露天風呂を、
時間のゆるす限り、1人でじっくりと味わいました。


とても贅沢な時間でした。



見渡す限りの海、静かな波の音、風を感じられる露天風呂、
頭がパンパンになりがちな私の、
静寂の中に潜り込むような感覚が、
私を助けてくれたように思います。


*

自分の内側に丁寧にもぐれば、
「生まれてきてよかった」と思えるかな?と少し期待し、
もぐってみましたが、


まだ感じられませんでした。


ただ、ふと「生きていることに感謝できるといいな」と思いました。


「生まれてきてよかった」と思えなくても、
今、命があり、生きている、ということに、
ありがたさを感じられるようになりたいな、と思ったのです。


*

生きづらさを抱えていると、
生きていること自体がしんどいと感じることが、
「基準」や「標準」となっています。


傷を持って生きるということ、
少しずつ休憩もしながら、傷と向き合って生きていく、ということ。


人生のほとんどの時間をそれに費やしてしまうけれど、


それでもいい、と思っています。


*

少しの希望を持ちながら、
傷から自分を知り、
少しずつ回復に取り組んでいく。


ゆっくりとした生き方になるけれど、


そんな生き方もアリだろう、と思っています。



ーーー


【生きているだけでしんどい、と感じている方へ】

「周りの人のように、人生を無邪気に楽しめない」
「どうしても、ダメな自分のことを肯定できない」

そんな風に、生きづらさや罪悪感を抱えたまま、
今日まで必死に傷と向き合ってこられたのではないでしょうか。

「生まれてきてよかった」と今は思えなくても大丈夫です。

もし、一人で傷を抱えることに少し疲れてしまった時は、
その言葉にできない「しんどさ」や「心の毒」を、
そのまま私にお話ししてみませんか?

無理に前を向こうとしたり、綺麗事にまとめたりする必要はありません。

傷ついたままのあなたの心を、ジャッジすることなく、
そのままの温度で受け止めます。

あなたのペースで、ゆっくりお話しを聞かせてくださいね。

いつでも、ここでお待ちしています。


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