「生まれてきてよかった」と思えないこと。傷の回復に人生を費やすこと。

「生まれてきてよかった」と思えないこと。傷の回復に人生を費やすこと。

記事
コラム

「生まれてきてよかった」と思ったことがない私は、
誕生日に「おめでとう」と言われて、

嬉しい気持ちもあるけれど、

口だけで「ありがとう」とお礼を伝えて、
心からお祝いを受け取れていないことに
一抹の罪悪感のようなものがありました。


お祝いの言葉やプレゼントを、
心を震わせ、
とてつもない歓びとして受け取れたら、
どんなに素敵だろう!と思います。


いつかそうなれるといいな。
なれるかな?


そんな思いがずっと渦巻いています。



これまで自分の誕生日は「いつも通りの1日」でした。
何か特別なことをすることもなく、
仕事を休むこともなく、
「普通の日」でした。


自分で自分の誕生日を祝う、という感覚がありませんでした。



私の尊敬する友人は、
自分の誕生日はお休みを取って、
特別な日を過ごします。


それは何年も前から聞いていて、
すごいなぁ.…素敵だなぁ.…と思っていたのですが、


なぜかそれを自分にもしてあげよう、という発想が
わいてこなかったのです。


素敵だと感じても、その素敵さが自分に該当するとは思えず、
「素敵な人がすること」という感じでした。



今年の私の誕生日、
本当にふと「特別な日にしてみようかな」という思いが
わいてきました。


特に用事もない日でした。


数日前、偶然に知り合いから、おススメの温泉を
教えてもらったのです。


いつか行こう!と思っていましたが、
誕生日に行ってみようかな…と。



誕生日当日、急遽、所要がはいり、
そのおススメの温泉(遠方です)に行く時間が確保できませんでしたが、


車で30分程の海を見渡せる高級旅館のランチと露天風呂を、
時間のゆるす限り、1人でじっくりと味わいました。


とても贅沢な時間でした。



見渡す限りの海、静かな波の音、風を感じられる露天風呂、
頭がパンパンになりがちな私の、
静寂の中に潜り込むような感覚が、
私を助けてくれたように思います。



自分の内側に丁寧にもぐれば、
「生まれてきてよかった」と思えるかな?と少し期待し、
もぐってみましたが、


まだ感じられませんでした。


ただ、ふと「生きていることに感謝できるといいな」と思いました。


「生まれてきてよかった」と思えなくても、
今、命があり、生きている、ということに、
ありがたさを感じられるようになりたいな、と思ったのです。



生きづらさを抱えていると、
生きていること自体がしんどいと感じることが、
「基準」や「標準」となっています。


傷を持って生きるということ、
少しずつ休憩もしながら、傷と向き合って生きていく、ということ。


人生のほとんどの時間をそれに費やしてしまうけれど、


それでもいい、と思っています。



少しの希望を持ちながら、
傷から自分を知り、
少しずつ回復に取り組んでいく。


ゆっくりとした生き方になるけれど、


そんな生き方もアリだろう、と思っています。



ーーー


【生きているだけでしんどい、と感じている方へ】

「周りの人のように、人生を無邪気に楽しめない」
「どうしても、ダメな自分のことを肯定できない」

そんな風に、生きづらさや罪悪感を抱えたまま、
今日まで必死に傷と向き合ってこられたのではないでしょうか。

「生まれてきてよかった」と今は思えなくても大丈夫です。

もし、一人で傷を抱えることに少し疲れてしまった時は、
その言葉にできない「しんどさ」や「心の毒」を、
そのまま私にお話ししてみませんか?

無理に前を向こうとしたり、綺麗事にまとめたりする必要はありません。

傷ついたままのあなたの心を、ジャッジすることなく、
そのままの温度で受け止めます。

あなたのペースで、ゆっくりお話しを聞かせてくださいね。

いつでも、ここでお待ちしています。


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