望みとして関わるか、あきらめとして関わるか

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コラム

どんな人間関係を築いていきたいか?


親子関係
夫婦関係
友人関係
職場の人間関係



それぞれの場面によって、それぞれの自分の「顔」を使い分け、
親密さの度合いを自分で決めて対処していく。



きっとそれは「大人のお付き合い」として正解の場合が多いと思う。



コミュニケーション術という視点でみると「上手くやる」部類になるのだと思う。




だとしても、自分にとってそれが「望み」「正解」なのかどうかは、
自分で見極めていくことが大切になる。




何となく雰囲気や話し方に好意を抱ける特定の人とだけ「築く」ことを大切にしていき、



それ以外の人は「流す」「やり過ごす」というやり方をやっているとき、




自分の「本当の領域」の感覚は、すっきりとしているだろうか?





自分がしているその使い分けのコミュニケーションは、
自分がそれをしている限り、相手もそれをしている、という枠に
居続けることになる。




それは、自分も相手から「流す」「やり過ごす」対象となる
可能性がある、ということ。





大切にしてもらえない
尊重されていない




そんな感じで傷つくのではないかと思う。





自分が本当にしたいコミュニケーションと
相手から本当に大切にされるコミュニケーションは
一緒だと思う。




相手がどういうコミュニケーションをとってきたとしても、




私は「私の本当の領域」の「私」からコミュニケーションをとることで、
「私らしさ」を表現できる。




相手を選ばず、どんな相手とも、
一貫して「私らしさ」を軸としたコミュニケーションは、



自分を大切にすること、と
相手を尊重し大切にすることと、と



全く同じになる。




相手の存在や
相手とのコミュニケーションを




「私らしさ」を表現する「望み」の機会として活用していくのか、
その場しのぎの表面上の「こなす」コミュニケーションとしていくのか、




自分で選ぶことができる。




同じ場面、同じ行動でも、


その「根底」には
どんな自分がいるのか?




それによって現実の捉え方は変わるし、
広がっていく世界も変わっていく。





私は私自身に「望み」をもって関わっていきたい。




あらゆる場面を「望み」として活用していける私でありたいと思う。





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