誰かと心がつながっている、いつも味方でいてくれる人がいる。それって、とっても安心するし、張り詰めた毎日の中でホッと一息つける瞬間ですよね。
でもね、ある日ふと、「あれ?僕はこの人がいないと、もう生きていけないんじゃないか」「相手の機嫌一つで、僕の幸せが全部ひっくり返ってしまうんじゃないか」って気づいてしまうことがあります。
繋がっているという温かい感覚が、実は知らぬ間に、お互いをがんじがらめにする強い「依存」に変わっていた。そのことに気づいた瞬間、背中がゾクッとするような、深い暗闇に足を踏み入れてしまったような、強い恐怖を覚えるものです。
これまで多くの悩める方々と接してきましたが、この「繋がっているつもりが、実は囚われていた」という痛みに気づく瞬間は、本当に身がすくむほど怖いものなんですよね。
でもね、まずはその恐怖を感じられた自分を、たくさん褒めてあげてほしいなと僕は思うんです。
だって、依存の渦中にいるときは、それが依存だということすら気づけないものですから。お互いに執着し合っている状態を「これこそが真実の絆だ」と思い込もうとして、余計に苦しくなってしまう。
だからこそ、その関係性に違和感を覚えて、「あ、これはおにぎりを分け合うような優しい繋がりじゃなくて、相手の空気を吸わないと息ができない状態なんだ」と気づけたことは、あなたが自分自身の足で立ち上がろうとし始めた、とても大切な第一歩なんですよ。
依存って、決して悪いものだけではありません。人は誰しも、何かに寄り添い、寄りかかりながら生きていくものです。
ただ、相手に自分の人生の運転席を丸ごと明け渡してしまうと、途端に苦しくなってしまいます。相手が右に曲がれば自分も無理に右へ行き、相手が急ブレーキをかければ自分が大怪我をしてしまう。
そんなときはね、少しだけ、本当に少しだけでいいので、自分の運転席に座り直すイメージをしてみてください。
まずは、お出かけしたときに自分の食べたいものを自分の意志で選ぶとか、相手の返信を待つ間に自分の好きな音楽を1曲じっくり聴いてみるとか、そんな小さなことで十分です。
「私は私、あの人はあの人」という、心地よい境界線を少しずつ、優しく引いていく。それは相手を突き放す冷たい行為ではなくて、お互いがこれからも長く、心地よく一緒にいるための「大人の思いやり」なんだと僕は思います。
恐怖を感じたということは、あなたが「自分の人生を自分の手に取り戻したい」と心から願っている証拠です。
焦らなくて大丈夫。その絡まった糸は、一気に引きちぎろうとすると余計に固く結ばれてしまうから、毎日少しずつ、緩めていけばいいんですよ。
あなたの心が、もっと軽やかで、優しい自由な空気に満たされる日を、僕はいつも応援していますね。