ケアラーだからこそ、家族のために「自分軸」が大事

ケアラーだからこそ、家族のために「自分軸」が大事

記事
コラム
「今日、1日何をしようか」

そう考えた時、真っ先に家族の顔が浮かぶ。
家族のためにやらなきゃいけないこと、
やった方がいいこと、
やってあげたいと思うこと。
考え出せばきりがない。
それだけで1日が終わってしまうこともある。

それが毎日続く。
ふと、自分の中に引っ掛かりを感じる。

「こんな毎日で本当にいいのかな」

何かを決める基準が常に「家族」。
もっと言うと「家族の病気の症状」。

病気になった本人だけじゃなくて、
自分まで病気に振り回されているみたい。

これが、ケアラーの役割なんだろうか🤔

「他人軸」と「自分軸」って
よく聞くようになりましたよね。

文字通りの解釈をすると、
「他人の言いなりになって生きる」
「自分で考えて決めて生きる」
か、みたいなイメージかと思います。

だとすると、
家族の状態、症状、気分を軸に考えるのは
「他人軸」なのでしょうか。

それ、ケアラーだったら
もう一段深めて考えていいと思います。

確かに家族の状態は
判断材料として優先度は高いです。

では、「家族の状態を優先して考える」
と決めたのは誰でしょうか。

主治医に言われたから?
世間がそれを良しとするから?
または、自分がそうしたいと思ったから?

他人軸になるときって、
「他人任せ」にしているわけでも、
「言いなり」になっているわけでもないんですよね。

自分の判断軸が無いだけなんです。
自分がどう判断すればいいのかが分からない。
判断する基準がない。
だから周りを見て判断している。

周りを見てしまうのは、
出来るだけ正しい・安全な・間違わない選択をしたいから。
けれど他人だって、正しいわけじゃない。
だから続けるうちに「?」が増えていく。

家族の状態や症状の波で判断するのも同じかも。
病気の家族を気遣うことは必要です。
でもそれは判断材料にとどめるべき。
家族の状態=判断軸、になるから、
もし想定外の結果になってしまったとき
パニックになる。

例えば。
➊家族が今日はしんどそうに見える

➋しんどい時にどう過ごすといいのか、をリストアップする

➌その中から自分の取りたい選択肢を選ぶ
みたいに、「自分」を絡ませる。

続けていくうちに
自分なりの判断軸が構築されていきます🌿



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