今日も辛抱強くお読みくださっている皆さん、本当にありがとうございます。益々決して多くの方の興味を引く訳では無いような内容を突き進んでおります。
今日からお読みくださる方には、呼吸のブログとは感じられないことでしょう。
でも、呼吸のブログなんです。
今日ご説明する “ O ” の母音は、先にご説明した U の母音の縦のエネルギーラインをしっかりと継承しながらも、体ではお腹の中央の広いエリアと連携していて、口腔も唇もより縦長に広がることから、外界へ向けての音の広がりも豊かに表現出来る、最も呼吸と声の繋がりに関して実感し易い音です。
なので実際に声や喉のトラブルで相談に来られたクライアントさんには、U よりもこの O の音から入って頂くことが多い位です。
第一パターンの呼吸が充実して、いよいよその満たされたエネルギーが何らかの役割やメッセージを携えて、第二パターンの呼吸に乗せて外界へと放たれて行く、その最初の感覚を、この “ O ” の母音は優しく養わせてくれます。
昨日の記事も参照され、U の音を出しながらお腹の真ん中辺りをよく手で触っていると O の音に変わってしまう、その変化のプロセスを何度も楽しんでみてください。音を出せない環境にある方は、声を出している積もりで呼吸を流してみるだけでもある程度は感じられます。肝心の振動は起きないので物足りなさは払拭出来ませんが、それでも体が反応して頬の内側や舌が変化する様子は楽しんで頂ける筈です。
この “ O ” の母音で先ず発展させて行ける感覚とは、音の力強さ(=呼吸の力強さ)です。
ここまで丁寧に呼吸の根本から見直して、そしてゆっくりゆっくり声を用いての確認・発展をやって来た訳ですから、力強い声が、やたらに腹筋に力を入れたり、喉を締めて叫ぶことで無いのはお分かり頂けると思います。
そのようなやり方とは全く違うはっきりしっかりとした道筋を体に訊いてみます。
今やっている呼吸を支えている坐骨の部分は、以前にも書きました通り、ゆりかごの底のような形状ですが、しっかりと重力線に沿って鉛直方向に立つ時の頂点とも言えるポイントを備えています。
骨盤の後傾時、つまり吸気時にはそのポイントから一旦外れて後ろ側の曲面で広く椅子の天板と接します。
それが、元の姿勢に戻りながら、段々と頂点ポイントへと帰って来ます。
その、頂点のポイントにピタッとはまった時に、最も充実した姿勢への回帰、重力線と最もストレスなく相互交流出来ている充実感が、声の充実感・解放感としても同時に感じられる瞬間がやって来ます。
この時、頭の位置が前とか後ろとか、感覚的に迷いが無くなりますので是非試してみてください。
これで合ってますか?と確認したいような時には少しずれているのかも知れません。
" そこ!" という一点にパシッとはまった時には、その充実感で “ それ!” と分かるものです。
この時に出ている声、出てしまっている声は、所謂デカい声でもウルサい声でもありません。
なのに、にも拘らず、よく聞こえます、よく通ります、遠くまで届きます。
間近で聞いていても、全く耳をつんざくような煩わしさも無く、寧ろ近くで聞くとその振動に癒される感じさえします。
こういうのは、本当に皆さんともワークショップや何かでご一緒して、是非一度は味わって頂きたい事実です。
ここにちょとした実験を差し挟みますね。
坐骨の頂点ポイントがピタッとはまる時に、意識して自分の力でもって、椅子の天面にその坐骨がより密着するように、ちょっと突き刺すような感じで押し下げることをやってみるのです。
きっと、先程までは使わずに済んでいたあちこちの筋肉が急に作用し始めて、音の質がまるで変ってしまうと思います。
音は違った意味で大きくなり、腹筋や胸や喉にも力が入り、純粋な呼吸の流れを表現してくれていた声は直ぐに居なくなってしまいます。
そこで今一度、唯ひたすらに坐骨の形状や姿勢回帰の必然性、重力線と重心線の一致に任せてみるのです。
そうすると、本当に自身の充実度がそのまま声として他者にも振動として届けられる快感に目覚めることが叶って来ます。
この時、自意識の満足感、努力とか、しんどい思いしてナンボ、評価、褒められること、そういったことに価値基準の重きを置いていると、本当に自分の体を通して外へと放たれている音や表現の素晴らしさに気付けずに、物足りなさだけを受け取ってしまう人は余りにも多いです。
そのギャップを埋められずにフェイドアウトされた方の何と多いことか。
このような取り組みをやってみて全く出来ていないのであればまだしも、ちゃんと体はやってくれているのに、大切な自分の心身を削ることが命の表現などでは無いと、ご理解頂けないほど悲しいことはありません。
この、U の次に地味な O の母音で、アウトプットが一方的なエネルギーの消費などでは決して無いことを、心身両面に於いて印象深く実感して行けます。
このような、体の使い方と呼吸の齟齬が一切起きない状態、つまりは、先ず自分の呼吸を、自分そのものを蔑ろにはしない状態で声として表現することは、エネルギーの枯渇どころか、出せば出すほどより充実感が補填される状態へと自分を導いてくれるのです。
この時点で、声を出すことがそれだけで立派なセルフケアともなり、その健全な振動波動は当然周囲へも波及します。
つづく