痛みを抱える「あなた」へ、そして見守る「あなた」へ

痛みを抱える「あなた」へ、そして見守る「あなた」へ

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コラム
 私たちは、ときに言葉にできないほどの生きづらさを抱えることがあります。
 近年、10代から20代の若い方々を中心に、「オーバードーズ(過量服薬)」という行為が広がっており、社会的な課題として語られることが増えました。
 これは、病院で処方されるお薬や、ドラッグストアで手軽に手に入る風邪薬、咳止め薬などを、決められた量を超えて大量に服用してしまうことを指します。

 なぜ、人は薬をたくさん(過剰に)飲んでしまうのでしょうか。そこには、病気や症状を治したいという本来の目的ではなく、「つらい現実や心の痛みから、一瞬でもいいから逃れたい」という切実な願いが隠されています。

 家庭や学校、職場でのいじめやプレッシャー、あるいは底知れない孤独感。
 そうした精神的な苦痛から解放されたいと願うとき、お薬を大量に飲むことで頭をぼんやりさせ、一時的に嫌なことを忘れられるような感覚を求めてしまうのです。
 それは言葉にならない「助けて」という、周囲に向けた大切なSOSのサインなのかもしれません。

 しかし、「市販のお薬だから安全だろう」という思い込みには、とても大きな危険と誤解が潜んでいます。
 薬を過剰に摂取すると、激しい吐き気や頭痛、意識障害といった急性中毒を引き起こすだけでなく、呼吸が苦しくなったり脈が乱れたりして、最悪の場合は命を落とすことにも繋がりかねません。

 また、体の中では、大量の成分を分解しようと肝臓や腎臓が悲鳴を上げ、自覚症状のないまま内臓機能が傷ついていきます。(劇症肝炎・劇症膵炎等)
 さらに、咳止め薬などに含まれる一部の成分には依存性があるため、繰り返すうちに体が慣れてしまい、自分の意志だけではどうしても止められなくなっていくという苦しい悪循環も生まれてしまいます。

 オーバードーズは、決して「悪いこと」として片付けられる問題ではなく、心が「限界」を迎えている証拠です。
 だからこそ、どうか一人で抱え込んだり、自分や誰かを責めたりしないでください。専門の相談窓口に頼ることは、逃げではありません。
 暗闇から抜け出すための大切な第一歩となります。

 こうした苦しみに対し、仏教の視点は私たちに温かい眼差しを投げかけてくれます。
 仏教における仏様という存在は、過ちを犯した人を怒ったり、突き放したりすることは絶対にありません。
 むしろ、それほどまでに深く傷つき、つらい現実から逃げざるを得なかったあなたの心の痛みをすべて見抜き、その孤独に寄り添いながら、深く心を痛めておられます。これを仏の「大慈悲」と呼びます。

 薬を過剰に飲んでしまうほどに追い詰められたあなたを見捨てることなく、無条件の慈悲をもって、我が子のように慈しんでくださるのです。
 仏教には、自分も含めた命を慈しみ、傷つけてはならないという「不殺生(ふせっしょう)」の教えがあります。
 あなたの体や命は、数え切れないほどの多くの縁によって支えられている、とても大切なものです。
 だからこそ、その大切な存在を傷つけてしまう行為に対して、仏様は「どうかこれ以上、自分を傷つけないでほしい」と、深く悲しまれています。
 仏様の願いは、人々が一時的な麻痺ではなく、根本的な苦しみから解放されて穏やかに生きること(抜苦与楽・ばっくよらく)にあります。
 (過剰な)薬で一時的に痛みを忘れても、生きづらさの根本が消えるわけではありません。
 仏様は、あなたが過剰な服薬に頼らざるを得なくなったその根本の原因から、優しく救い上げられることを、いまも静かに願っていらっしゃいます。

 もし、オーバードーズをしそうになったら、勇気をもって誰かに話をしてください。
 誰にも話す相手がいないと感じても、あなたの中には、「薬師如来」がいらっしゃいます。部屋の明かりを暗くし、静かに手を合わせます。そして、「オーバードーズをしそうになっています。助けてください」と願いながら以下の真言を唱えてみてください。

薬師如来真言
      「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」

 心が落ち着くまで、少し素早く鼻から息を吸い、口から細く長く吐く息に真言と悪い気持ちを乗せて唱えましょう。(目安は吸うのを2秒、吐くのを8秒以上です。)
 あなたはひとりではありません。きつかったり苦しかったら「助けて」と声を上げてください。

                          沙門蒼俊  合掌
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