笑えるエッセイ:武士はつらいよ ― 時代劇の「お約束」を現代法で裁いてみたら

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コラム
 何を隠そう、私は時代劇が好きだ。テレビの画面に映し出される、あの様式美に満ちた勧善懲悪の世界は、日々のストレスを綺麗に洗い流してくれる。
 しかし、大人の悪い癖だろうか。近頃はどうも、画面の向こうの「お約束」を、現代の法律に照らし合わせて妙な妄想を膨らませてしまうのだ。

 題して、「江戸の武士はつらいよ」。

 1. 水戸黄門一行、驚愕の罪状

 まずは、日本で最も有名な隠居老人、水戸の黄門様からお裁きを始めよう。 あの御一行、正義の味方の顔をしているが、やっていることはなかなかに狂暴である。
 悪徳商人や悪徳家老の屋敷、あるいは陣屋に「おい、神妙にしろ!」とアポなしで乱入する行為。これは紛れもない「住居侵入罪」だ。3年以下の懲役、または10万円以下の罰金が科される立派な犯罪である。
 中に入れば、助さんや格さんが悪党の手下たちを殴る、蹴る、投げ飛ばすのオンパレード。相手に怪我をさせれば「傷害罪」だし、怪我をしなくても「暴行罪」が成立する。さらに言えば、彼らはあらかじめ「成敗する」という明確な目的を持って、刀や峰打ち用の武器、風車、仕込み杖を持ち寄って集まり、屋敷に押し入っている。
 これは現代法で言うところの「凶器準備集合罪」にあたり、2年以下の懲役、または30万円以下の罰金だ。
 乱闘の最中に、屋敷の障子をビリビリに破り、襖を壊し、高価な皿や壺を粉砕する行為も、もちろん「器物損壊罪」である。
 では、現場で直接手を下していない黄門様(光圀)自身は無罪放免かというと、現代の法律はそう甘くない。「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい」と乱闘を指示する行為は、「教唆罪」あるいは「共謀共同正犯」とみなされる。
 つまり、実際に暴力を振るった実行犯の二人と、全く同じ重さの刑罰が科されるのだ。
 極めつけは、格さんが「この紋所が目に入らぬか!」と印籠を突きつけるあの名シーン。
 悪党どもをひれ伏させる行為は、「逆らえばどうなるか分かっているな」という無言の社会的・身体的圧力をかけて畏怖させている。法的には「脅迫罪」に該当する可能性が極めて濃厚である。

2. 将軍様の「正当防衛」は認められるか

 続いて、江戸の町を白馬で駆ける「暴れん坊将軍」こと、徳川吉宗公のケースを見てみよう。
 吉宗自身は、基本的に刀の「峰打ち(刃の反対側で叩く)」で相手を気絶させている。命は奪っていないからセーフ、と思いきや、これだけでも立派な「傷害罪」が成立する。
 それどころか、吉宗が「成敗!」と合図を送った瞬間、控えていた御庭番たちが悪党を容赦なく斬り殺している。これにより、吉宗は「殺人罪の共謀共同正犯(または教唆罪)」、御庭番は「殺人罪」の実行犯となる。もちろん、大人数で屋敷に踏み込んでいるため「建造物侵入罪」もセットだ。
 ここで「悪党が先に襲ってきたのだから、正当防衛ではないか」という反論が聞こえてきそうだが、おそらく裁判では通らない。なぜなら、吉宗側が自ら敵陣(屋敷)に乗り込んで戦いを誘発しているからだ。これは法律用語で「自招侵害(自ら進んで招いた危機)」とみなされ、正当防衛の成立は極めて難しくなる。

3. 名もなき下級武士たちの悲劇

 しかし、私が本当に同情の涙を禁じ得ないのは、主役たちではない。悪代官の指示で吉宗に斬りかかり、コテンパンにされていく、名もなき下級武士(いわゆる悪党の手下たち)の存在である。
 彼らが吉宗を斬った場合、江戸時代の法でも、現代の法律でも「完全に犯罪(それも極刑レベルの重罪)」になる。武士側が「将軍とは知らなかった」「主君の命令に従っただけ」と涙ながらに主張しても、言い訳は一切通用しない。
 将軍に刃を向ける行為は、徳川幕府に対する反逆、つまり国家転覆テロと同義である。江戸時代の刑罰において最も重い「市中引き回しの上、磔(はりつけ)」が待っている。
 劇中では、吉宗が「余の顔を見忘れたか」と正体を明かす。この瞬間、周囲の武士には「このお方が本当に将軍かどうか」を確認する義務が生じる。
 だが、考えてもみてほしい。現代で言えば平社員、もとい下級武士が、雲の上の存在である将軍の顔など見たことがあるはずもない。
 上司である悪代官が「偽物だ、斬れ!」と叫べば、サラリーマンである彼らは従うほかない。「やるしかない」と覚悟を決めて飛び込み、そして無残にやられてしまうのだ。悪代官の言葉を信じて斬れば「将軍殺害の実行犯」、信じなければ「上司の命令違反で切腹」。どちらを選んでも地獄である。

4.結論

 水戸黄門に懲らしめられる悪党の手下たちも、暴れん坊将軍に斬られ、無名の下級武士たちも、組織の最末端で上司の命令に従っただけなのだ。「泣きっ面に蜂」とは、まさにこのことだろう。
 正義の名のもとに、今日も彼らは峰打ちで骨を折られ、あるいは御庭番に斬られてゆく。お茶の間が勧善懲悪のカタルシスに沸く裏で、私は彼らの行く末を案じてしまう。
 せめて現代の法律が適用されるならば、彼らに「労働災害(労災)」の手続きだけでも教えてあげたい、そんな風に思う今日この頃である

                               蒼俊

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