「全部直す」のは簡単だけど、×です。

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ライトノベル作家・専門学校現役講師のひびき遊です。

小説の添削指導をしているとき、教える側から見ると「全部ダメ」な場合がたまにあります。
正直――「すべて書き直す」くらいの方がよい、というケースですね。

ところがそういう指示は、ひびきはあえて避けています。
なぜか。
……すべて直した「例文」のようなものは、私の方で作成可能です。

しかし、それはもう「ひびきの文章」であって、指導を乞う「書き手自身の文章」とはまるで別モノだからですね。

小説を書いている人は基本的に、「自分の伝えたいことがある」タイプです。
指導側が行うのはあくまで「でも、その書き方では伝わってないよ?」という箇所の指摘に留まるべき――と私は考えています。

そうなると、「書き手の個性をどこまで残すか」という難しい話になってきます。
これがちゃんとわからないと、「すべて書き直すべき」という指導をしがちなんですよね。

――それが「完璧な正解」ならば、創作は苦労しません。
小説のスタイルは、確かに「こういうポイントを押さえておけば、効果的に組み上げることができる」という技術があります。
ひびきがレクチャーするのも、そこになります。
(※どういう理屈で組まれているのかがわかれば、再現性が高く、誰にでもできるわけです)

しかし、その技術をちゃんと「書き手独自の文章とミックスできるか」……ここがとても大切です!

そうやってできあがったものは、もともとの書き手の文章とは、少し違っているはずです。
でも、全部が入れ替わったわけじゃない。
ちゃんと「どこを変えて、どこを残すか」を、自分で判断して作り上げた、「書き手独自の新しい文章」になっているはずです。

――長年、多くの学生に指導していると、いつしかそこを目指すようになってきました。

実は、私自身は「自分の文章に自信がなかったため、すべてを捨てて、理屈で書き直してきた」タイプの書き手です。
要するに、文章の「個性」をなくしてしまいました。

今になって、その個性を取り戻すのは、正直なところ「……難しいな」と感じています。
これは自分自身の選択だったので、私の責任ではあるのですが。

その上で実感するのは、「個性はできる限りなくしてはならない」ということです。

なので、本当は――自分一人で文章と向き合って、「どうすればもっと読んでもらえるものが書けるのだろう?」ともがき続けるのが、一番だったりします。
ただし、だいたいはものすごく時間がかかるので……まともな指導者から「添削指導してもらう」ことで、その時間を「短縮」するのは、アリだと思います。

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