賃貸物件を退去したあと、
「原状回復費用として20万円請求された」
「クロスの張替え費用を請求された」
「敷金がほとんど返ってこない」
そんなとき、多くの方がまずインターネットやSNSで調べると思います。
すると、
「クロスは6年住めば価値がほぼゼロ」
「経年劣化は大家負担」
「通常損耗は借主が払う必要なし」
「国土交通省のガイドラインを管理会社に送りましょう」
といった情報がたくさん出てきます。
これらは、すべて間違っているわけではありません。
むしろ、知識として知っておいた方がよいものも多いです。
ただし、不動産仲介の現場を経験してきた立場から
一つ注意してほしいことがあります。
SNSで見つけた知識だけを使って、いきなり管理会社へ
「この請求はおかしい」と交渉するのはおすすめしません。
退去費用は、
「6年住んだか」
「経年劣化か」
だけで判断できるほど単純ではないからです。
そもそも「原状回復=新品に戻す」ではありません
まず基本的な考え方です。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、
原状回復とは、借りた当時の状態へ完全に戻すことではないと整理されています。
通常の生活によって発生する損耗や経年変化ではなく、借主の故意・過失、善管注意義務違反など、通常使用を超える使用によって発生した損耗・毀損を復旧するという考え方です。
例えば、
家具を普通に置いていたことによる床のへこみと、
物を落として大きな傷を付けた場合では、
同じ床の傷でも考え方が違います。
ここまでは、SNSでも比較的よく紹介されています。
問題はここからです。
「クロスは6年で価値ゼロ」だけでは判断できない
退去費用について調べると、非常によく見かけるのが、
「クロスは6年で価値がなくなるから、6年以上住んでいれば払わなくていい」
という説明です。
確かに国土交通省のガイドラインでは、クロスについて、6年で残存価値がほぼなくなるように借主の負担割合を考える方法が示されています。
ただ、「6年以上住んだ=何をしても請求されない」
という意味ではありません。
例えば、
壁に大きな穴を開けた。
タバコなどによって通常使用とはいえない汚損を発生させた。
不注意によって壁そのものを損傷させた。
こうした場合まで、
「6年以上住んだから1円です」
とは単純に考えられません。
また、クロスとフローリングでも扱いが違います。
ガイドラインでも、フローリングの部分補修などについては、
経過年数を考慮しない考え方が示されています。
畳表、襖紙、障子紙などについても、単純にクロスと同じ
「6年ルール」を当てはめるものではありません。
つまり、一つ覚えたルールを、すべての請求項目に当てはめるのは危険
なのです。
現場では「何年住んだか」だけではなく「いつ交換されたか」も見る
これも意外と見落とされます。
例えば、5年間住んだ部屋でクロス張替え費用を請求されたとします。
「5年住んだから、残存価値はあと少し」
と考えるかもしれません。
でも、そのクロスは入居直前に新品へ張り替えられたのでしょうか。
前の入居者からそのまま使われていた可能性もあります。
国土交通省のガイドラインでも、入居時の設備等の状態によって負担割合の起点を調整する考え方が示されています。新築や交換・張替え直後であれば、
入居時点を100%として考えるというものです。
つまり、「自分が何年住んだか」と「その設備が何年使われているか」は、本来別の話です。
ここは実際の退去費用を確認するときに重要なポイントになります。
「工事費」と「借主が負担すべき金額」は別に考える
ここは業界にいないと、少し分かりにくいところかもしれません。
例えば退去後に、
「クロス張替え 80,000円」
という見積りが出てきたとします。
この8万円は、実際にクロスを張り替える工事費です。
しかし、
8万円すべてを借主が負担するべきかどうかは別問題です。
確認する必要があるのは、
1. そもそも借主負担となる傷・汚れなのか
2. どの範囲を張り替える必要があるのか
3. 経過年数をどう考えるのか
4. 契約書にどのような特約があるのか
5. 最終的に借主負担はいくらなのかです。
管理会社から届いた工事見積書を見て、
「工事代8万円だから8万円払わなければならない」
と考える必要はありません。
反対に、
「経年劣化だから全部0円」
とも限りません。
工事として必要な金額と、借主が負担する割合を分けて考える。
ここが非常に重要です。
クロス全面張替えを請求されたら「どこを傷つけたのか」を確認する
例えば壁の一部分だけを傷つけたのに、
「部屋全体のクロス張替え20万円」と請求された。
この場合、
「全面張替えなんて絶対おかしい」
と思うかもしれません。
ただ、現場では同じクロスが廃番になっていたり、
部分的に張り替えると色が合わなかったりすることがあります。
そのため施工自体は、広い範囲で行うケースがあります。
しかし、
施工する範囲と、その工事費をすべて借主へ負担させることは別の話です。
国土交通省のガイドラインでも、クロスについては、傷のある部分だけでは色・模様が合わない場合などを考慮し、毀損箇所を含む「一面分」を借主負担の考え方とする例が示されています。一方、部屋全体を借主負担とすることについては、貸主側の商品価値維持・増大まで借主へ負担させることになり得るとしています。
だから、「全面張替えと書いてあるから全部拒否」
ではなく、なぜ全面施工なのか、借主負担として何面・何㎡を計算しているのかを確認した方がよいのです。
「通常損耗は全部大家負担」にも注意
これもSNSでよく見る表現です。
基本的な考え方として、通常損耗や経年変化は貸主側の負担とされます。
ただし、実際の契約には特約が付いている場合があります。
例えば、
「退去時ハウスクリーニング費用○万円を借主負担とする」
「エアコンクリーニング費用○万円を負担する」
などです。
国土交通省のガイドライン自体も法律そのものではなく、一般的な基準としてまとめられたものです。最終的な原状回復の内容は、契約内容や実際の使用状況などによって個別に判断されると明記されています。
だから、「ガイドラインでは貸主負担と書いてあるので、契約書の特約も全部無効です」という交渉も危険です。
逆に、「契約書に書いてあるから、どんな請求でも必ず払わないといけない」
というわけでもありません。
特約の内容や記載方法、契約時の合意状況なども含めて見る必要があります。
ここが、ネットの記事を一つ読んだだけでは判断しにくい部分です。
ハウスクリーニング費用も「絶対払わなくていい」ではない
退去費用でよく揉めるのがハウスクリーニングです。
ガイドライン上の基本的な整理では、通常の清掃をきちんと行っている場合の専門業者によるハウスクリーニングは、原則的な借主負担とはされていません。
しかし実際の契約書には、
「退去時クリーニング費用○○円」
という特約が入っていることが非常に多くあります。
だから請求書だけを見るのではなく、
契約時に何を約束しているのかを必ず確認する必要があります。
私は退去費用の相談を見るときも、まず請求書だけを見て判断することはしません。
契約書の特約とセットで確認します。
管理会社へ強い文章を送る前に、まず「請求根拠」を整理する
SNSを見ると、
「管理会社にはこの文章を送れば大丈夫」
というテンプレートもよくあります。
もちろん参考になるものもあります。
ただ、いきなり、
「国交省ガイドラインに違反しています」
「この請求には応じません」
「消費者センターへ相談します」
と強い文章を送ることが、必ずしも一番良い方法とは限りません。
私ならまず、何を理由に、いくら請求されているのか
を整理します。
例えば、
・損傷箇所はどこか
・原因は何と判断されているか
・補修範囲はどこまでか
・数量・㎡数はいくつか
・単価はいくらか
・経過年数は考慮されているか
・借主負担割合はいくらか
・契約書のどの特約を根拠にしているか
などです。
これが分からなければ、
「詳しい内訳を教えてください」
から始めればよいこともあります。
交渉というと強く反論するイメージがありますが、
まず相手の計算根拠を出してもらうことも立派な交渉です。
「高い=不当請求」とも限らない
ここも大切です。
退去費用が20万円だったからといって、
20万円という金額だけで高い・安いとは判断できません。
例えば、
ペットによる傷が多数ある。
タバコによる汚損がある。
水漏れを放置して床まで傷めてしまった。
壁に大きな穴を開けた。
こうした事情があれば、借主負担が大きくなる場合があります。
反対に、非常にきれいに使用していたのに、
クロス全面張替え、床全面交換、設備交換などがまとめて請求されているのであれば、一つずつ確認した方がよいでしょう。
だから私は、「高額だから取り返せます」
という考え方では相談を受けていません。
妥当な請求なら、
「この内容であれば大きくおかしくないと思います」
とお伝えします。
退去費用の相談が増えている
国民生活センターが公表した2025年度の消費生活相談では、
「賃貸アパート・マンション」に関する相談は43,148件あり、
前年から8,240件増加しました。増加した商品・サービスの中でも増加件数は最多で、相談内容として退去時の原状回復トラブルなどが挙げられています。
退去費用は、多くの方にとって何度も経験するものではありません。
数年に一度しか退去しないので、
「普通はいくらなのか分からない」
という方がほとんどだと思います。
一方、管理会社や不動産会社は日常的に退去精算を扱っています。
この情報量の差があるため、請求書を見ても、
「こういうものなのかな」
と受け入れてしまいやすいのです。
だからこそ、少しでも疑問を感じたら一度整理してみる価値があります。
今回「退去費用が妥当か確認するサービス」を始めました
今回、ココナラで新しく、
「賃貸の退去費用が妥当か確認します」
というサービスを出品しました。
例えば、
「30万円の退去請求が届いたけど妥当?」
「クロス全面張替えになっている」
「敷金がほとんど戻ってこない」
「クリーニング費用とは別に色々請求されている」
「契約書に特約があるけど、本当に全部払う必要がある?」
といった場合に、
・賃貸借契約書
・原状回復に関する特約
・退去費用の明細
・入居期間
・入退去時の写真
・管理会社とのやり取り
などを確認しながら、どこを確認した方がいいのかを第三者の立場から整理します。
値下げを約束するサービスではありません
最後に、ここは明確にしておきたいと思います。
このサービスは、
退去費用を必ず減額させるサービスではありません。
また、貸主や管理会社と代理で交渉するサービスでもありません。
確認した結果、
「この請求は妥当だと思います」
とお伝えする場合もあります。
一方で、
「このクロス代は経過年数について確認してみましょう」
「なぜ部屋全体の張替えになっているのか聞いた方がよいです」
「この費用は契約書のどの特約を根拠にしているのか確認しましょう」
といった疑問点があれば、その部分を具体的にお伝えします。
大切なのは、
ネットで見つけた知識を武器にして相手と戦うことではありません。
契約内容と実際の使用状況、請求内容を一つずつ整理して、
払うべきものは払う。疑問があるものについては根拠を確認する。
これが一番現実的な進め方だと思っています。
退去費用の請求書を見て、
「これ、本当に全部払う必要があるのかな?」
と少しでも疑問に感じた方は、管理会社へ強い文章を送る前に、一度内容を整理してみてください。
第三者の不動産現場経験者として、一緒に確認します。