「正しい行い」「正しい言動」「正しい思考」は大事です。
しかし、この「正しさ」に固執することは危険を孕んでいます。
あなたの周りに「正論人間」はいませんか?
正しいことを言われても、みんなそんなことは知っている。
でもそうなれない訳があるのです。
正しいことを知っていても正しく生きることが出来ないのが人間なのです。
だから、相手を正そうとするのではなく、背景にある心に触れてあげる。
問い詰めるのではなく、温かい眼差しで、自分の思い込みを外して耳を傾ける。
相手を正そうとするより、分かろうとすること、これが大切なのです。
また正しさは、時代によっても、立場によっても、人によっても変わるもの。
そして、正義の反対は、もう一つの正義があるのです。
「自分の正しさは絶対だ、自分は間違えない」この考え方が最も危険なのです。
齋藤一人さんのエピソードですが、講演の最中に携帯を鳴らしてしまった人がいたそうです。
一人さんはその方に対して、「ここらで丁度、BGMが欲しかったんですよ。ありがとうね」と言って、会場を和ませました。
また別の講演では、連れている赤ちゃんが泣き出してしまって、お母さんが困っていたそうです。
そこで、一人さんは赤ちゃんに「声援ありがとうね!」と言ったりして会場が笑いに包まれました。
こんな状況の時、目くじらを立てて正しさを強要するより、明るく朗らかに接すると、相手の心をふっと軽くすることができるんですね。
自分は完璧ではない、間違うこともある、そんな自分を認めることで、正しく生きることができない相手も受け入れることができるのです。
正しさで人を捌くより、明るさ、朗らかさ、温かさを持って人と接する。
そんな自分でありたいと思います。