【モノの価値は見方で変わる!】

記事
コラム
 人と人とが心でつながることや、心には
 心で応えていこう、ということを大切に
 考えながらも、今現在の私自身の露出度、
 世間とのつながりは至って限られている。
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 そんな中ででも、このコロナ禍で動ける
 だけ動いた結果、素敵な出会いもあった。
 互いに励まし合い、刺激し合い、自分を
 高めていける。そんな仲間と知り合えた。
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 時々会って食事をしながら話を聴き合う
 相手もいれば、LINEグループで近況
 を報告し合う遠方の人もいる。その中で、
 私の文章を読んだり、他の媒体で語った
 ことを聞いたりして、私のことを「頭が
 いい人」だと言ってくれている人がいる。
 お褒めに預って光栄だが、私は、それを
 肯定も否定もせず、「俺が頭がいい人か
 どうかは何に価値基準を置くかで違って
 くるさ」と、褒めてくれた人には悪いが、
 我ながら些か冷めた目で考えているのだ。
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 たとえば、私は、高層ビルの建築現場を
 見かけると、自分が何の役にも立たない
 木偶の某に思える。建築のことは何一つ
 分からないし、厳しい現場作業が務まる
 道理がない。何より高い場所には怖くて
 上がれない。こう考えると私は役立たず。
 車の運転だってもうすっかり忘れている。
 思い出したところで一般道路を時速30
 キロで走るようなことをしていたのでは
 忽ち免許失効になろう。だから、普通に
 車を運転できている人を見ると凄いなと
 思うし、ここでも自分を役立たずに思う。
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 私が父の見下しから若干の距離を置いて、
 僅かながら自己肯定感が形成され始めた
 のは、「誰にでも出来ることと出来ない
 ことがある。それぞれの得意分野が違う
 だけだから、その得意な部分を伸ばせば
 いいさ」と考えるようになってからだが、
 その考え方に当てはめれば、私の得意な
 分野、諸々のスキルに近い所に価値基準
 がある人なら、私を「頭がいい人」だと
 思うかも知れないが、全く別の側面から
 見れば、前述のように役立たずにもなる。
 モノの価値は見方で変わるということだ。
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 まあ、自分が頭がよければ、もう少しは
 ましな人生を送ってこられた筈と思うが。
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 御閲覧、心より感謝申し上げます。
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