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ポストカードは使わなくても鑑賞インテリアとしての価値があります♪

こんにちは♪じゃぱんらぶ♡あったか手書きデザイナーのきのしたゆかです。 先日、ビーチクリーン活動の参加イベントとして千葉市役所で「国際交流お花見パーティー」へ参加しました。 そこでわたしはビーチクリーン活動を配信していた今までの手書きイラストを扱ったパンフレットやポストカードを出品することにしました。その中で、市役所の職員さんや国際交流ボランティアの海外メンバーさんにポストカードを特に購入いただけて嬉しかったです。特に、幕張の浜ビーチクリーンの様子で季節を感じられるポストカード・10月の(日本特有の山としての)富士山が多く目に留まったようです。確かに、AIやIT技術が普及して手書きはもう古くて需要がないと思い込んでいましたが、そういう時代だからこそ手書きやハンドメイドの価値は深く大きいものになっていることだと再認識できました。たとえ、ポストカードはメールの普及で送る需要が減っても、「小さな絵としてみる」インテリアの役割を担っていることがわかりました。
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古着におけるタグが偉大すぎる件について。

街の古着屋さんとか、リサイクルショップって、つい吸い寄せられるように入ってしまう。気づいたら、ハンガーを一つずつめくって、隅から隅までチェックしてる自分がいる。ほとんど全ての衣服をバーっとチェックするのだが、Tシャツやデニム、ほとんど全てのジャンルで大きな判別方法となるものが"タグ"だ。タグは皆さんがご存知の通り、ブランド名がメインで記載されており、加えてサイズ表記や洗濯表記が記載されている。古着やハイブランド古着においては、そのタグをチェックすることで、年代や生産国といった大まかなカテゴリ分けをすることが可能だ。その年代判別として重要視されるタグが偉大すぎるなぁと毎度古着を探している時に思う。「それでも欲しいと思えるか?」最近また古着ブームが来てる中で、ふと気になることがある。たとえば、自分にとって素敵な服に出会ったとき。でもそれが「アジア製」だったり、「タグがなくて年代も分からない服」だったら——それでも、心から“欲しい”って思えるだろうか?古着としての“価値”はないかもしれない。でも、デザインや雰囲気に心を奪われたなら、その瞬間にしかない“出会い”なんじゃないかと思う。私がブログを始めた理由も、実はこの問いに近いところにある。「タグよりも、心が動く瞬間を信じたい」私の答えはシンプルで、「好きならそれでいい」。ユニクロでもZARAでも、デザインが良ければすぐ買っちゃうタイプ。笑趣味でアパレルのデザインに関わることもあって、“作る側”の気持ちも少しわかる気がする。リサイクルショップで、学生さんたちが「うわー〇〇製かぁ、デザインいいのに残念…」って言ってるのを聞くと、胸の奥がち
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【モノの価値は見方で変わる!】

 人と人とが心でつながることや、心には  心で応えていこう、ということを大切に  考えながらも、今現在の私自身の露出度、  世間とのつながりは至って限られている。 ────────────────────  そんな中ででも、このコロナ禍で動ける  だけ動いた結果、素敵な出会いもあった。  互いに励まし合い、刺激し合い、自分を  高めていける。そんな仲間と知り合えた。 ────────────────────  時々会って食事をしながら話を聴き合う  相手もいれば、LINEグループで近況  を報告し合う遠方の人もいる。その中で、  私の文章を読んだり、他の媒体で語った  ことを聞いたりして、私のことを「頭が  いい人」だと言ってくれている人がいる。  お褒めに預って光栄だが、私は、それを  肯定も否定もせず、「俺が頭がいい人か  どうかは何に価値基準を置くかで違って  くるさ」と、褒めてくれた人には悪いが、  我ながら些か冷めた目で考えているのだ。 ────────────────────  たとえば、私は、高層ビルの建築現場を  見かけると、自分が何の役にも立たない  木偶の某に思える。建築のことは何一つ  分からないし、厳しい現場作業が務まる  道理がない。何より高い場所には怖くて  上がれない。こう考えると私は役立たず。  車の運転だってもうすっかり忘れている。  思い出したところで一般道路を時速30  キロで走るようなことをしていたのでは  忽ち免許失効になろう。だから、普通に  車を運転できている人を見ると凄いなと  思うし、ここでも自分を役立たずに思う。 ──────
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