街の古着屋さんとか、リサイクルショップって、つい吸い寄せられるように入ってしまう。
気づいたら、ハンガーを一つずつめくって、隅から隅までチェックしてる自分がいる。
ほとんど全ての衣服をバーっとチェックするのだが、Tシャツやデニム、ほとんど全てのジャンルで大きな判別方法となるものが"タグ"だ。
タグは皆さんがご存知の通り、ブランド名がメインで記載されており、加えてサイズ表記や洗濯表記が記載されている。
古着やハイブランド古着においては、そのタグをチェックすることで、年代や生産国といった大まかなカテゴリ分けをすることが可能だ。
その年代判別として重要視されるタグが偉大すぎるなぁと毎度古着を探している時に思う。
「それでも欲しいと思えるか?」
最近また古着ブームが来てる中で、ふと気になることがある。
たとえば、自分にとって素敵な服に出会ったとき。
でもそれが「アジア製」だったり、
「タグがなくて年代も分からない服」だったら——
それでも、心から“欲しい”って思えるだろうか?
古着としての“価値”はないかもしれない。
でも、デザインや雰囲気に心を奪われたなら、
その瞬間にしかない“出会い”なんじゃないかと思う。
私がブログを始めた理由も、実はこの問いに近いところにある。
「タグよりも、心が動く瞬間を信じたい」
私の答えはシンプルで、「好きならそれでいい」。
ユニクロでもZARAでも、デザインが良ければすぐ買っちゃうタイプ。笑
趣味でアパレルのデザインに関わることもあって、
“作る側”の気持ちも少しわかる気がする。
リサイクルショップで、学生さんたちが
「うわー〇〇製かぁ、デザインいいのに残念…」
って言ってるのを聞くと、胸の奥がちょっとざわつく。
せっかく誰かが情熱を込めて作った服なのに、
タグひとつで見送られてしまう。
それってなんだか、少し切ない。
「価値って、もっと自由でいい」
古着を“資産”として集める人もいれば、
“ときめき”だけで買う人もいる。
どちらも間違いじゃない。
私は、資産価値も大切だと思うが「その瞬間に心が動くか」を大切にしたい。
手に取ったとき、なんか惹かれる——
それだけで、十分な理由になると思う。
古着界隈で、色んな価値観によって色んな葛藤を抱くことになっていることを、皆さまに伝えたくて、綴りました。
共感してくださる方がいたら嬉しいなぁ、、
※古着に詳しい方がここまでお読み頂けていたとしたら、退屈させてしまっていたら申し訳ないです。
より深掘りした内容は需要があればブログに書いてみようと思います。