―「小さい子だから大丈夫」と思わないこと―
いじめというと、多くの人は中学生や高校生を思い浮かべるかもしれません。
思春期の人間関係。
部活動。
SNS。
受験のストレス。
そうしたものが重なって、いじめが起きる。
たしかに、それも現実です。
しかし、今は小学校低学年の段階でも、いじめや仲間はずれが深刻な問題になっています。
しかも、それは昔のような分かりやすいけんかだけではありません。
無視する。
仲間に入れない。
持ち物を隠す。
悪口を言う。
遊びの中で特定の子だけを外す。
失敗した子を笑う。
こうした陰湿な行為が、小さな子どもの世界でも起きています。
特に低学年のいじめは、大人から見えにくいという問題があります。
まだ幼いから大丈夫。
子ども同士のちょっとしたトラブルだろう。
すぐに忘れるだろう。
そう思われてしまいやすいのです。
けれど、子どもの傷つきは、大人が思うより深いことがあります。
たとえば、運動会のリレーで走るのが遅かった。
発表でうまく話せなかった。
遊びのルールをうまく理解できなかった。
みんなと少し違う反応をした。
そうした小さな出来事をきっかけに、からかわれたり、仲間から外されたりすることがあります。
大人から見れば「そんなことで」と思うかもしれません。
でも、子どもにとって学校は世界の大部分です。
その世界の中で居場所を失うことは、とても大きな苦しみです。
学校で笑われる。
休み時間に一人になる。
グループに入れてもらえない。
近づくと嫌な顔をされる。
それが毎日続けば、子どもは学校へ行く力を失っていきます。
朝になるとお腹が痛くなる。
頭が痛くなる。
泣き出す。
玄関で動けなくなる。
それは、単なる登校しぶりではなく、心が危険を知らせているサインかもしれません。
ここで大切なのは、親の初動です。
子どもが「嫌だった」と言ったとき、
「それくらい気にしないの」
「あなたにも悪いところがあるんじゃないの」
「もっと強くなりなさい」
と言ってしまうと、子どもは二重に傷つきます。
学校で傷つき、家でも分かってもらえない。
そう感じてしまうからです。
もちろん、事実確認は必要です。
一方の話だけで相手を責めるのではなく、学校と連携し、丁寧に状況を確認する必要があります。
けれど、事実確認の前に、まず家庭で伝えるべき言葉があります。
「あなたが悪いわけではない」
「話してくれてありがとう」
「一緒に考えよう」
「嫌な思いをしたなら、守るよ」
この言葉があるかないかで、子どもの安心感は大きく変わります。
特に小学生の時期は、自分の経験を客観的に整理する力がまだ十分ではありません。
自分が悪かったのか。
相手が悪かったのか。
どこまで我慢すべきなのか。
誰に助けを求めればよいのか。
子ども一人では判断できないことが多いのです。
だから、大人が早い段階で守る必要があります。
いじめは、子どもだけの問題ではありません。
子どもたちの生活が忙しくなり、ストレスが増え、競争が早まり、自由に発散する場が減っている。
その社会全体の歪みが、子どもの人間関係の中に表れている面もあります。
だからこそ、いじめられた子を「弱い」と言ってはいけません。
いじめを受けて学校に行けなくなった子を「逃げた」と言ってはいけません。
その子は、自分を守るために立ち止まったのです。
親がすべきことは、無理に学校へ戻すことではありません。
まず安全を確保すること。
子どもの言葉を信じて聞くこと。
学校と連携すること。
必要であれば休ませること。
そして何度でも伝えることです。
「あなたは悪くない」
この一言が、傷ついた子どもにとって、世界をもう一度信じるための最初の支えになるのだと思います。